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ナチスの女たち III

国の内外で大きな反響を呼んだ『ナチスの女たち』シリーズの最終巻は、ヒットラーの秘密の愛人であったマリア・ライター、ナチス幹部であったルドルフ・ヘスの妻イルゼ・ヘス、第三帝国の外務大臣フォン・リッベントロップを陰で操り、マクベス夫人の異名でも呼ばれるアンネリース・フォン・リッベントロップ、第三帝国の映画産業の立役者であった脚本家のテア・フォン・ハーボウと第三帝国の歌姫ツァラ・レアンダー、そして女性として唯一血の勲章 (Blutorden) を授与されたサディスティックな自称看護婦エレオノーレ・バウアーについて詳述している。

この中で異色の存在は、本シリーズのトリをつとめることになるエレオノーレ・バウアーである。ごくごく初期の頃からヒットラーに心酔し、ドイツ労働者党に入党したバウアーは511番という党員番号を手にする。(この党員番号というのは実は最初は下駄をはかせて500番から始まったそうだ。つまり彼女は11番目の党員になったわけである。イルゼ・ヘスが1925年に再入党した時に25071という番号をつけられ、後にその番号が若いためにやっかまれたというから、511という番号にどれだけの価値があったのか推して知るべし。)そしてバウアーは1923年にヒットラーがドイツ労働者党を扇動して行った暴動にも女だてらに参加する。その功労のために彼女は後に女性として唯一血の勲章を授けられ、さらにはダッハウの強制収容所へ自由に出入りする許可も手に入れる。それに喜んだバウアーはしばしばダッハウ強制収容所に出入りし、囚人たちを持ち前のサディスティックな好奇心と歪んだ性的趣向から様々な形で苦しめた。
このエレオノーレ・バウアーは知性が低く非常に粗暴で、原始的ですらある。それが本シリーズで語られてきたナチスの中枢に近いところにいた女性たちとの大きな違いだ。彼女たちの多くが美貌或いは知性や何らかの才能に恵まれてヒットラー自身やナチス幹部たちを魅了し、上昇していったのとは逆に、バウアーは最初から積極的に政治活動に直接関わり、暴力的な場面にも怖じない。言わば叩き上げで、生物学的には女性だが、その粗暴さ、蛮勇さゆえに第三帝国が作り上げた性の枠すら飛び越えてしまえたという点で例外中の例外的存在なのである。(彼女はナチの親衛隊にも属していた。)
しかしその文化的・知的レベルの低さと単純さゆえ、本書のような形でその生涯について読んでも大した関心を呼び起こされはしなかった。著者もこのバウアーを仕方なく取り上げたのではないかなと感じたりもした。(エレオノーレ・バウアーに割いてあるページは他に比べると相当短いのだ。)

そのバウアーとは全く正反対の位置にいたのが、マリア・ライターである。彼女は16歳の時に37歳のヒットラーに出会い、一目惚れされる。……以前に紹介した一巻で取り上げられていた、ヒットラーと肉体関係にあったかもしれない姪のゲリー・ラウバルと半公的愛人であったエファ・ブラウン、さらにこのマリア・ライターを比較してみると、誰もがヒットラーより20歳近く年下であったことがわかる。さらにこのマリア・ライターとエファ・ブラウンに限れば2人とも金髪美人で、おしゃれな女性であったのである。何やらヒットラーの女性観が垣間見えるような。

低音の歌声でドイツ国民を熱狂させたツァラ・レアンダーと脚本家のテア・フォン・ハーボウは、第三帝国の映画史という観点から見ても面白いのだろうと思う。著者のジークムントは、彼女たちが製作に関わった主要な映画ひとつひとつについて簡単なレビューを書いてくれているので、興味をそそられる。
またツァラ・レアンダーはやはり一巻に出て来た映画監督のレニー・ライフェンシュタールと似た形でナチスの映画産業に関わるのだが、その後の姿勢が違う。ライフェンシュタールが自分の行為を正当化しようと事実の歪曲につとめた気配があるが、 レアンダーは正直に自分の過ちを認める(「私が政治的に愚かだった」)。それでいて、彼女と長らく親交のあった第三帝国の宣伝大臣だったゲッペルスについては「とても興味深い人物で、ユーモアと理解力を兼ね備えていた」と戦後になっても率直に自分が受けた印象を語り、その正直さに私は好感を持った。
この人はスウェーデン人で、ドイツには言わば歌姫として出稼ぎに来ていたのだが、その圧倒的な人気ゆえにドイツ国籍を取得するよう何度も迫られる。それと共に戦況が悪化してきたことを不安に感じた彼女は、何とかスウェーデンに脱出しようとするのだが、その工夫が中々面白い。彼女は度胸と知性と体内アルコール分解酵素を上手に使って、第三帝国をまんまと出し抜いたのである。

職業人として、自分の才能を活かすために第三帝国と関わった人間は、まだ自分の過ちを認めやすい。しかし政治家の妻たちにとって、それは自分と自分の夫と家族の精神的拠り所を土台から破壊するような行為に等しく、ナチスの戦争犯罪と自分たちがそれに関わったことを死ぬまで認めないことがほとんどのようだ(少なくとも本シリーズで取り上げられている例はそういったケースばかりである)。
本書の2章と3章に出てくるイルゼ・ヘスとアンネリース・フォン・リッベントロップがその好例で、彼女たちの夫はそれぞれ終身刑と死刑に処せられるのだが、2人とも最後まで夫の政治的公正さを信じ、その名誉回復に必死で努めた。

上記の通りこの3巻でナチスの女シリーズは終わりなのだが、このシリーズがこれで終わってしまうのは残念な気がする。(とは言え、私は2巻をまだ読んでいないのだが。)いずれにせよ、著者のジークムントの他の作品も近いうちに是非読んでみようという気にさせられた。

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原題: Die Frauen der Nazis III
著者: Anna Maria Sigmund (アンナ=マリア・ジークムント)
出版年: 2002

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