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一人寝の夜に

精神分析医の夫と離婚したヴェラは慰謝料でウィーン市内にロフトを買い、そこで新しい生活を始めようとする。同時に生活の糧を稼ぐ必要が生じたため、小さな新聞広告を通じて出会いを探す男たちについて記事を書こうと、「魅力的な女性ジャーナリストが知的で感性豊かな貴方を探しています」というような一行広告を電話番号と共に出してみる。
以来ヴェラとの出会いを求める男性がとっかえひっかえ留守番電話にメッセ―ジを吹き込んでくる。最初のうちはそれを心待ちにし、時には気のきいたメッセージを残した男性とデートを楽しんでいたヴェラだが、彼女の私生活を逐一見張っているような気味の悪い脅迫メッセージのがどんどん留守番電話に吹き込まれるようになっていく。
そしてある夜、家の前で隣人の若者に襲われたヴェラは、パニックのうちに彼を殺してしまう。しかし朝になるとその死体が消えていて……。

著者のクナイフルはウィーン大学で心理学を専攻し、実際に精神分析医としても働いている。そんな彼女の書いたサイコスリラー『一人寝の夜に』は、読んでいて息苦しくなってくるほど緊迫した心理描写の巧みさが絶賛されている。
次第に追いつめられて行く主人公ヴェラの混乱と苛立ちと不安は、「これでもか!」というほど強烈に描かれている。私事だが、ある夜私がふと目を覚ますと煌々と輝く月光が窓から寝床まで届いていた。しかし寝惚けていた私はそれが月の光とは気づかず、どこからか誰かが私の部屋を覗き見するために部屋の中にスポットライトを当てているのだと思って一瞬パニックに陥ってしまった。ちょうどその時にこの『一人寝の夜に』を読んでいたところで、それまでそんな風な恐怖を感じたことのなかった私は、その時ヴェラの恐怖心や焦燥感に乗り移られたような気になったのである。クナイフルの描く恐怖にはそういう勢いがある。

ただ問題は、得体の知れない何者かによってヴェラが追い詰められていく過程だけが一方的に描かれているということなのだ。上にも書いた通りそれはとてもよく書けているが、この本においてはその『過程』にだけ主眼が置かれていて、『過程』に至る『原因』や『理由』、『動機』といった要素が疎かにされてしまっている。さらに言えば『結末』も、番組の途中でテレビの電波が届かなくなって画面が砂嵐になってしまったような、私にとっては中途半端で物足りない終わり方であった。著者は一人の魅力的な中年女性が徐々に追い詰められ壊れていく過程を存分に書けて満足なのだろうが。

最後にヴェラは、彼女を助けようと駆け付けた前夫を犯人だと思い込んで撲殺してしまう。しかしこれは犯人の罠で、最後はパニックと恐怖で動けなくなったヴェラが為すすべもなく犯人に殺されて終わり。結局最後まで犯人の正体も犯行の動機も明らかにされない。

小説の舞台はウィーンだが、出てくる地名が全部本物なので土地鑑があればその分楽しめる。特に夜のウィーンの隠微で陰鬱でどことなく不潔な雰囲気は非常によく醸し出されていたと思う。
さらにヴェラの親友の住まいがマジョリカハウス(ウィーンで有名なユーゲントシュティール様式のアパート)という設定で、外からしかこの家を眺めたことがない私は中の様子が少しでもわかって満足できた。(家の中の描写はほとんどフィクションなのだろうとは思うが。)

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原題: Allein in der Nacht
著者: Edith Kneifl (エディット・クナイフル)
出版年: 1999

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(C) Hana 2003 ウィーン今昔物語