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終演後……

53歳独身のヘルミーネ・Kはウィーンの14区に、主に古典ハリウッド映画を上演するうらびれた映画館を営んでいる。客は少ないが、それでも常連のお陰でこれまで細々と食いつないでいくことができた。しかし彼女の映画館で続けて二件も殺人事件が起きると、客足はぱったり遠のいてしまう。殺されたのはいずれも中年男性で、喉がぱっくりと切り裂かれているのが特徴だ。警察の捜査は遅々として進展せず、ヘルミーネの苛立ちはつのるばかり。そんなある日、映画の終演後に彼女は第三の被害者を発見してしまう。この被害者は御丁寧に腹まで切り裂かれている。
もう大騒ぎにはうんざりだ、そう考えたヘルミーネは死体をそのままにして、行きつけのカフェ『ナハトルベルガー』に向かう。そこには彼女の男友達ゲオルグ・ショルシュが夜中過ぎまで働いているのだ。また、映画館の常連客もこのカフェにたむろっているので、犯人を探すのにもおあつらえむきかもしれない。
ヘルミーネはショルシィと話したり、常連客の動向に思いをはせたりしながら、カフェの片隅で色々と考えをめぐらす。結局彼女は死体の様子を見に、もう一度ショルシィと映画館に戻るのだが、驚いたことに死体が忽然と消えていた……。

この小説の一番の魅力は何といっても、みすぼらしく、小汚くよどんだウィーンの場末が、それぞれに勝手で狡くて適当に優しい登場人物と共に生々しく描かれていること。またユーモラスだが、時には喧嘩腰にも聞こえるストレートな感情のやり取りが、ウィーン語で交わされているためにとても生き生きとしている。さらにクナイフルの心理サスペンス『一人寝の夜に』でもそうだったが、彼女は現実に存在する地名や固有名詞をそのまま小説内に使用するので、臨場感や現実感がいやが上にも増す。
確か小谷野敦という人だったと思うが、『聖母のいない国』という本の中で、日本の作家が固有名詞の使用を避けるのでどうの……ということを批判していた(覚えがある)。それを読んだ時はあまりピンと来なかったのだが、実在する固有名詞が効果的に使われると、小説の世界がこの現実世界の延長線上にポンと現れてくるということが今回実感できた。さりげなく、しかし十二分に、固有名詞の力をクナイフルは引き出している。

ウィーンの描写においては卓越しているクナイフルだが、肝心の殺人事件解決までの経過は間延びし過ぎであった。途中映画談義に花が咲く場面も、量が多過ぎて非映画ファンの私はだれてしまった。
しかし中盤を越えるあたりから、また新しい動きが出て来る。映画館から消えたはずの死体が元の場所に戻って来るので、ヘルミーネはそれを捨てに行かなくてはならなくなるのだ。その最中に緊張した登場人物の間で交わされる会話がどことなくずれていておかしい。死体をビニール袋に詰めるのはやっぱり不信心な感じがするから、(なぜか)モーツアルトの死体にも使われたような布袋に入れ直そうだとか、袋に入り切らない足を折らなくてはならなくなった時、「もうヤツは何も感じてないんだぜ」「ありがたいことよね」「神の恩寵だな」なんて会話には吹き出してしまった。

真犯人はかなり意外な人物である。しかし犯人のねじくれた性格はかなり明らかに描かれているので、勘のいい人は途中で真犯人に目星をつけられるかもしれない。最後はとても中途半端で、それがクナイフルらしいのかもしれないが、私は欲求不満に陥った。

犯人の正体は、ヘルミーネの映画館の常連で2人の仲良し老婦人。1人は元看護婦で、偏見に満ち満ちていて意地が悪い。もう1人は元美容師。2人とも最低限の年金しか受給できず、かなり貧しい暮らしを余儀なくされている。そんなわけで、小汚いくせに自分たちより裕福で、年金も十分受給できる中年男性全般に恨みを抱いていたわけである。
最後にヘルミーネはこの2人と話をして、もう映画館では殺人を犯さないことを約束させる。しかし懲りない2人は今度ヘルミーネの半恋人であるショルシィに目をつけ、「今度1度でいいから私たちを野外映画館に連れて行ってちょうだい。お礼は十分にするから。でもヘルミーネさんがそれを知ると気を悪くするから、勿論彼女には何も言わないでね」と頼み込む。そこで話終わり。ショルシィが何と返事をするのか、彼も殺されてしまうのか、全くわからない。

本編はウィーンを舞台にした殺人事件というだけでなく、ヘルミーネとショルシィの微妙な恋愛関係やウィーンの社会問題(ネオナチ、外国人差別、年金制度等々)などについてもふれていて、テーマが広がり過ぎてしまった感もある。もっとテーマをしぼり、テンポよく話を展開できていたら、逆に面白さが増したのではないかなと、その点は残念だった。

この小説はORFで『タクシーと死体 (Taxi für eine Leiche)』という題でドラマ化もされたのだが、うまく話の内容を圧縮してある分、私はドラマに軍配を上げたい。これは主要登場人物の平均年齢が推定50歳以上という一見地味な作品なのだが、実はオーストリアベテラン俳優陣による大傑作コメディである(と私は思っている)。話がよくまとまっているだけでなく、結末にもホッとできる。
私はドラマを見てから小説を読んだのだが、上に書いた通り小説の冗漫ぶりには多少がっかりさせられた。普通は小説≧映画という出来だと思うのだが、今回は例外的に映画>小説の順で、こういう例もあるのだなと少し驚いた。

アマゾン.de へ: Ende der Vorstellung

原題: Ende der Vorstellung
著者: Edith Kneifl (エディット・クナイフル)
出版年: 1997

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(C) Hana 2003 ウィーン今昔物語