HOME > 書評目次 > マリア=テレジアの娘たち ‖ 読書の記録

マリア=テレジアの娘たち

マリア=テレジアの娘と言えば、フランス革命で断頭台の露と消えたマリー=アントワネット(ドイツ語ではマリア=アントーニア)が有名である。彼女は多産なマリア=テレジアが生んだ16人の子供のうちの1人で末っ子だが、彼女の10人もいた姉妹についてはほとんど知られていない。実はこの11人の娘のうち、1人は出産直後に、2人は子供時代に、そしてもう2人は少女時代に亡くなったので、成人した娘は11人のうち半分の6人である。著者のヴァイセンシュタイナーはこの6人と少女時代に亡くなった2人の娘に焦点を当て、各章に分けてそれぞれの数奇な、あるいは悲劇の一生を追っている。

まず第1章においては、マリア=テレジアの娘時代から恋愛、結婚、出産を経て亡くなるまでの一生が手短に書かれている。ただここでは、卓越した政治家としてではなく、妻として母としてのマリア=テレジアが描かれている点が非常に新鮮である。
まずは彼女の子供時代にウィーンの宮廷に滞在していた若きロートリンゲン公への思慕が高まり、それが恋に変わり、父を説得して貧乏貴族の公と結婚に何とか漕ぎ着けるまで。それから毎年のように子供を産むマリア=テレジアがどのように子供の教育に関わったのか、夫との関係がどのようなものであったのか、私人としての彼女の意外な顔が明らかにされてなかなか面白い。

私はマリア=テレジアと夫のロートリンゲン公は仲睦まじいおしどり夫婦だとばかり思っていたのだが、髪結いの亭主状態に飽きた公がたまに浮気をしてみたり、他の既婚婦人たちと戯れてみたりで、マリア=テレジアが嫉妬に爆発することもあったらしい。(そういう点で彼女は北条政子のような女性だったようだ。ただ妻が一手に権力を握っているという点において、ロートリンゲン公の立場は源頼朝よりずっと弱かったりするが。)だが普段の2人の関係は愛情にあふれ、死ぬまでそれは変わらなかった。
この2人の関係は、メリー・スチュワートとその2番目のダメ夫ヘンリー・ダンリーのそれとも似ているのだが、夫が自分の身分をわきまえて政治の世界から身を引くことを知っていたという点で大きく違う。男尊女卑のバロック時代に男の沽券にこだわらず、縁の下の力持ちに徹することのできたロートリンゲン公の器の大きさがうかがわれる。2人の間には最初、連続して3人だか4人も女の子が生まれ、貧乏貴族の成り上がり者の上に男の子を作ることもできないのか、と初めのうちはロートリンゲン公はウィーンの宮廷においてさんざんっぱら馬鹿にされもしたらしい。ハプスブルク家へ逆玉の輿では他にも色々辛いこともあっただろうが、それでも妻に寄り添い、子供たちに愛情を注ぐロートリンゲン公。……浮気はアレだが、素晴らしい男性である。

一方母としてのマリア=テレジアは子供の教育に熱心に関わり、食事や衛生状態、はたまたおやつの制限に至るまで細かい指示を出し、当時にしては珍しく近代的な子育てを実践していたようである。ただ子供の教育内容に関する限り、彼女の思想は伝統的・保守的なままで、娘たちには徹底した良妻賢母教育をほどこしたのである。マリア=テレジア自身が女帝として夫に成り代わって政治に関わっていたにも関わらず、娘たちには繰り返し男性至上主義と夫の妻に対する優位性を説く。そして6人の成人した娘たちのうち、いつもひいきにしていたお気に入りのマリー=クリスティーナにしか恋愛結婚を許さなかったのである。(このマリー=クリスティーナの最愛の夫が、アルベルティーナ美術館の創始者であるアルベルト公である。)

そういった当時の背景やマリア=テレジアの子供たちに対する関係がざっと説明された後で、一番年上の娘マリア=アンナから末っ子のマリア=アントーニア(マリー・アントワネット)までの生涯が順々に描かれていく。
ヨーロッパの名家、ハプスブルク家の皇女として生まれた彼女たちの生涯はしかし、どれも幸せとはほど遠い。上記の恋愛結婚を果たしたマリー=クリスティーナ以外は、政略結婚でとんでもない相手と添い遂げる羽目に陥ったり、天然痘で容貌を著しく損なわれて結婚すら出来なかったり、死刑に処されたりと、薄幸の生涯を送るのである。
マリア・テレジアは帝国の繁栄を一義的に考えて政略結婚を進めたわけだが、結局は娘たちの幸せを犠牲にしたそのもくろみも何十年か後には外れてしまう。それなら損なわれた容貌でも未婚のままウィーンに残ることのできたマリア=アンナとマリア=エリーザベトのほうがまだ幸せだったのかもしれないと思わされたりもする。

本書はハプスブルク帝国史の番外編としても興味深く読めるし、女性史としても面白い。もちろん単なる読み物としても。特に限りある資料を丹念に読み解きながら、個々の娘たちの性格や個性を浮き彫りにしてみせた著者の力量は素晴らしい。

アマゾン.de へ: Die Töchter Maria Theresias

原題: Die Töchter Maria Theresias
著者: Friedrich Weissensteiner (フリードリッヒ・ヴァイセンシュタイナー)
出版年: 1994

HOME > 書評目次 > マリア・テレジアの娘たち ‖ 読書の記録
────────────────
(C) Hana 2003 ウィーン今昔物語