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特技は殺人

本の主人公のローゼマリーは52歳の独身女性で、それなりに有能だが地味で面白味に欠けるオールドミスである。彼女は男運に恵まれないまま老齢期にさしかかろうとしているが、偶然彼女の白馬に乗った王子様を見つけた。相手は何歳か年下で、ギムナジウムでフランス語を教えているインテリ男性だ。
向こうは彼女の存在など知らないのに、彼女はすっかり彼(ヴィトールト)に惚れ込んでしまう。そしてうまく彼の住所を突き止めた彼女は、夜な夜な彼の家の庭に這い込んで外から彼の様子を観察するようになった。そんなある日、彼と彼の妻が激しく言い争い合った末、彼が妻を銃で撃つ場面に彼女は遭遇する。パニックに陥った彼を救うため、彼女は彼の前に現れ、虫の息の妻を撃ち殺す。
晴れて共犯となった2人がこれでうまく結ばれるのではないかというローゼマリーの淡い期待は裏切られ、ヴィトールトは別の女性に恋をしてしまう。しかしどうしても彼を手に入れたいローゼマリーは……。

このローゼマリーが僻みっぽくてかなり陰険でいじいじした、コンプレックスの塊のような人なのだが、あまり憎めない。ヴィトールトに夢中で、最後の恋を何としても実らせたいと必死なのである。だがそれが仇になって、彼女の前に立ちはだかる邪魔者を次々に消していこうとする。
しかしローゼマリーがぞっこん惚れたヴィトールトは、魅力的でインテリだが女にだらしのないただのナルシストなのだ。話の後半になるとローゼマリーは「私がこの人のために大きな犠牲を払う必要があるのかしら?」と何度も自問するのだが、明確な答えの出ないまま彼女は彼を追い続ける。結局のところ、臆病なローゼマリーは自分が傷つくことを恐れて、ヴィトールトに自分の気持ちを打ち明けることもせず、かと言って彼から離れることもできず、泥沼から抜け出せなくなるのだ。

またこの恋の過程の要所要所で、これまでの人生において積もり積もった彼女の不満やコンプレックスが爆発していく。その心理がとてもよく書けている。用心深く計画的なようでいて、ふとした拍子で簡単に暴発し、慌ててその後を取り繕うとするローゼマリー。
しかしあくまで狡猾に自分本位に立ち回るしたたかさも彼女は持ち合わせている。結局最後までヴィトールトには真実を告げず、嘘に嘘を重ねて自分の犯行を何とか誤魔化そうとする。またヴィトールトも、女にはいい顔をしたがるドンファンなので、ローゼマリーの言葉に簡単に騙されてしまう。
この望みのない恋の結末と、ローゼマリーの犯行のツケがどう回ってくるのか、最後まで著者のノルは読者を引きつけてくれる。(中盤の旅行の様子は多少ダレ気味だったが。)

最後はある刑事に追い詰められたローゼマリーが逆上して彼を射殺してしまう。慌てた彼女はヴィトールトを呼び出し、刑事が彼を殺人事件の犯人だと確信していたため、ヴィトールトを守るために彼女が刑事を殺したのだと説明する。そして彼と共に死体を採石場に捨てに出る。しかしちょっとしたミスから、ヴィトールトは死体と一緒に車ごと崖から落ちてしまい、瀕死の重傷を負う。ローゼマリーは1人でそこから逃げ出し、結局事件の犯人ヴィトールトが証拠の隠滅を図って刑事を殺したことになって事件は解決してしまった。ヴィトールトは生き延びるが、話すことも歩くこともできない体になってしまう。
事件の後悪性の腫瘍が見つかったローゼマリーは、手術後会社を辞めて年金生活に入る。そして週2回は決まってヴィトールトの病院を訪ね、彼の車椅子を押して散歩に出るのが彼女の新しい日課となったのである。もはやあの燃え上がるような情熱は枯れてしまったが、彼女はそれなりに幸せで、彼も彼女の仕打ちを覚えていないのか、2人の散歩の時間を心待ちにしているようである。

地味ではあるが、これも周囲の者たちを巻き込んでいく破滅型の恋と言えるだろう。これまで溜めに溜めた情熱を奔流のように吐き出したローゼマリー自身は、それでスッキリしてしまうわけだが。
その自分勝手ぶりや、ところどころに出てくるブラックユーモアには笑いを誘われた。

この作品はドイツの売れっ子女流作家イングリット・ノルのデビュー作でもある。1935年に上海で生まれたノルは、ドイツの大学で学んだ後結婚して3人の子供を育て上げ、55歳にして初めて作家デビューを果たした遅咲きの小説家なのだ。だがその分女性心理の機微に通じ、ローゼマリーとヴィトールトの不毛な関係をとてもうまく書き上げたと思う。
ネット上の書評を読む限りではノルのこのデビュー作が一番の出来だと評価している人がちらほらいるので、他の本を読むべきかどうかちょっと悩んでしまう。しかしグラウザー賞を受賞した1994年作の『女薬剤師』あたりは読んでおこうかと思っているところ。

最後に、この本の原題は『雄鶏は死んでいる』というものなのだが、その意味がよくわからない。本の半ばあたりで、歌手をめざしたこともあるというヴィトールトの友人の妻がブレヒト(ドイツの劇作家)の『三文オペラ』に出てくる海賊ジェニーの歌を歌う。文脈によるとそれが死んだ雄鶏を連想させるものらしいが、グーグルで検索してみた歌詞は雄鶏とも死とも何の関係もない。ネット書評を読んでも、題の意味について説明してくれているものが見つからなかったので、その点については不明のまま。

アマゾン.jp へ: 特技は殺人Der Hahn ist tot (独)
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原題: Der Hahn ist tot
著者: Ingrid Noll (イングリット・ノル)
出版年: 1991
日本語版
翻訳者: 平野卿子
出版社: 集英社

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