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女薬剤師

この小説には今風に、『あるだめんずウォーカーの告白』とでも題をつけてみたらわかりやすくていいかも。だめんずウォーカーとは、次々にダメな男とばかり付き合ってしまう女性のこと。

『女薬剤師』の主人公、30歳半ばの薬剤師ヘラはまさにこのだめんずで、これまでにアルコール中毒や薬中毒、はたまた鬱病など厄介な性癖を持つ男とばかりつきあってきた。そのヘラにも幸運が訪れ、8歳も年下の(一見)まともな歯科医の卵、レーヴィンと付き合うようになる。レーヴィンに首ったけなヘラは色々と彼に尽くし、密かに彼との結婚を夢見るようにもなるが、このレーヴィンが実はただの自分勝手な甘ったれで……。

小説は、病院に入院している主人公のヘラが、2人部屋で同室になった年上の女性、ローゼマリー・ヒルテに毎晩毎晩自らの過去を告白する形をとって進行していく。ローゼマリー・ヒルテという名前でピンと来る人は少ないだろうが、実は彼女は著者のノルの処女作、『特技は殺人』の主人公だった人物なのだ。当時52歳だったローゼマリーは本書で58歳になっている。ヘラはローゼマリーを人畜無害で退屈な普通のおばさんとしか思っていないのだが、ローゼマリーは犯罪においてはヘラよりかなり上手だったりする。しかしそんなことはこの小説と全く関係ないので、実はどうでもいい。そういう背景を知っていると、クスと笑えるくらいのことで。

いずれにせよ、色々あってヘラは小説の中で3人くらい人を殺す。
それはいいのだが、いつヘラが爆発して不貞なダメ男のレ−ヴィンを殺してくれるのか、私はそればかりが気になって本を手放せなくなってしまった。しかしお人好しのヘラは堪えに堪える。……ここらへんの引っ張り方が非常に上手く、読み終わってまさにノルの術中に陥ってしまった気持ちになった。

ただこの小説が1994年のグラウザー賞を受賞したというわりには、話の展開に無理があり過ぎたような気がする。途中まではドキドキしながら読めたのだが、話がヘラとレーヴィンと彼の悪友のディーターの三角関係に至るあたりから、違和感を感じ出した。特にディーターの性格(思い遣りがあり、比較的知的で物静かだが、一旦キレると相手構わず手がつけられないほど凶暴に暴れる)がうまく描写されていないので、彼の内包する矛盾やそれによって醸し出される(はずの)魅力といったものが十分に伝わってこない。そのため微妙な三角関係も、(私にとっては無意味に)平坦なまま続いて突然クライマックスを迎えてしまう。
ひと騒動あった後の3人の関係も曖昧模糊としたまま。それがヘラのだめんずたる所以なのかもしれないが、作り事のような印象を受けた。最後は小説の終わりに困ったノルが、人の関係も家も物もいっぺんに破壊してくれる災害を起こしてまとめたような御都合主義的終幕。これにも納得がいかないが、こんなものか。

それから本のカバーの折り返しのところに「あのローゼマリー・ヒルテが重要人物として再登場!」のようなことが書いてあったので、最後に何かしでかしてくれるのかとワクワクしていたのだが、それもどうも期待外れだった。しかしこのヒルテ女史は癌の疑いもはれて元気に退院していったので、次回の登場に期待するとしよう。

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原題: Die Apothekerin
著者: Ingrid Noll (イングリット・ノル)
出版年: 1994
日本語版
翻訳者: 平野卿子
出版社: 集英社

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