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畏れ慄いて

『おそれおののいて』と読む。
1967年に神戸で生まれたベルギー人女性、アメリー・ノ−トンの自伝的小説。話は彼女が20代前半で語学力を買われて東京のユミモトという商事会社に入社するところから話は始まる。ちなみにこの本でアメリー・ノ−トンは1999年のアカデミー・フランセーズ賞を受賞。それがどんな賞なのかは知らないが、彼女は今フランス語圏で大人気の作家らしい。

内容を要約すると、日本の大会社で迫害を受ける殉教者的ガイジンの話。だからと言ってこの本が日本に対する怨嗟に満ちているわけではない。書き手のノートンは妙な冷静さとナチュラルハイ状態の間を行ったり来たりしつつ、独特の視点から彼女の周囲の日本人の様子と日本社会の慣習や思考・行動様式についてユーモアを交えて語り続ける。
などと書くと何やら小難しいが、粗筋は以下のようなもの。

1年間の契約でユミモト商事(ここに書いてある限りでは住友商事らしい)に入社したアメリーは、美しく有能で親切なキャリアウーマン森吹雪の部下として働き始める。しかし日本社会は色々と難しい。取引先の会社の人たちに完璧な日本語を話しながらお茶を出すと、あとでこっぴどく叱られた。「金髪碧眼のガイジンがペラペラの日本語を話したら取引先の人たちが薄気味悪く思うだろう!!」というのがその理由で、彼女は以後日本語を話すことを堅く禁じられる。
しょっぱなからダメ社員の烙印を押されたアメリーが毎日精を出す仕事は、お茶汲みとコピーと社内のあちこちでめくり忘れられている日めくりカレンダーをめくって回ることだけ。そんな彼女にもキャリアを積む大きなチャンスが巡ってくるが、それは直属上司の森吹雪に密告されておじゃんに。
その後は会計部の基本的な計算と帳簿つけを割り当てられるのだが、数字に弱いアメリーはこの任務を果たせず、サディスティックな森吹雪にいたぶられる。さらに致命的な失敗をもうひとつ犯すことで、彼女は異動になる。新しい職場は何とユミモト商事ビル44階のトイレ。そう、落ちるまで落ちたアメリーに最後に下賜された仕事はトイレ掃除だったのだ……。

私にこの本を勧めてくれたのはウィーン在住のハーフM氏。彼は昔、日系の会社に勤めていたことがあるそうで、この本は色々共感できるし参考になったと言っていたが、む〜。日本を知るヨーロッパ人の視点から見た日本はこういうものなのか、と私は驚いた。あまりにも『日本』が極端に変形され、面白おかしくはあるが不正確な形で描かれている(と私は思った)。そんなわけで、この本に書いてあることを現実の日本社会に当てはめて考えることはできない気がするのだが。

例えば以下のような内容が延々と8ページにもわたって書かれていたりする。

日本女性が自殺しないのは賞賛に値する。ほんの子供時代から彼女たちは虐げられ続けているのだ。そして脳にギプスをはめられる。
『もしお前が25歳にもなって未婚なら、それは恥ずべきことだ』
『もしお前が人前で笑うような女なら、お前は淑女ではない』
『もしお前が感情を顔に表すなら、お前は下品な女だ』
『もしお前が誰かと少しでも自分の体についてしゃべったりするなら、お前は卑猥だ』
『もし誰かがお前の頬に人前でキスをするなら、お前は売春婦だ』
……

これ全て現代の日本女性について書かれていること。その他にも自殺は名誉なことだとか、汗をかくのは日本ではマナーに反する行為だとか、日本生まれ日本育ちの私にとって見当違いなことがたくさん書いてある。

私はノートンの描く日本にパラレルワールドを見ているような違和感を感じるのだが、実際彼女のインタビュー(地球人ネットワーク ALC という雑誌のサイトに、今は削除されてしまったが一時彼女のインタビューが載っていたのだ)を読んでみると、本の内容は全部本当のことで便所掃除もやらされたと書いてある。そこで混乱してしまうのだ。私が『日本』として認識している国のイメージや習慣や行動様式が、ノートンの『日本』と全く違う。しかし日本を直接知っているヨーロッパ人たちの多くがノートンの描く『日本』に共感しているらしい事実にはもっと困ってしまう。
しかしインタビューで何と言おうと、彼女は自分の体験を誇張しているのだろう。その膨らませ方が極端で、日本人の私は大いに戸惑ってしまうのだが。

それから1度は日本語の通訳も目指したというアメリーが小説中に挿入する日本語が相当おかしいが、これも誇張の賜物なのか?(小説終盤で、副会長の大持氏がアメリーにメロンチョコを食べるよう勧める時の言葉が「召し上がって下さい」。それにアメリーが首肯しないと「食べて!」、さらには「食べる!」と変わっていく。大会社の傲慢な副会長がヒラの無能社員に「召し上がって下さい」はないだろうし、子供じゃないんだから普通は「食べる!」なんて命令形で言わないだろうに……。)

この小説はフランス語圏で50万部も売れた上に映画化もされたそうだが、「これが日本か!」と信じ込むヨーロッパ人のことを考えるとちぃとばかり気が滅入る。

アマゾン.jp へ: 畏れ慄いてFear and Trembling (英)

原題: Stupeur et tremblements
著者: Amélie Nothomb (アメリー・ノートン)
出版年: 1999
日本語版
翻訳者: 藤田 真利子
出版社: 作品社

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