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セピア色の肖像

国際的ベストセラー作家イザベル・アジェンデの長編ロマンである。本当は何年も前に読んでいたく感動した『精霊たちの家』を読みたかったのだが、本屋に置いてなかったので、代わりにこの『セピア色の肖像 (Portrait in Sepia)』を買って読んでみた次第。

筋は変化に富んでいて中々面白い。

話は主人公の女性、オーロラが生まれる何十年も前から始まる。舞台は19世紀後半のサンフランシスコ。裕福なチリ人夫婦の息子であるマティアスは美男で頭が切れ、教養の高い文化人だが、実は退廃的で冷淡な人間だ。このマティアスにリン・サマーが恋する。リンはチリ人の母と中国人の父を持ち、その美貌ゆえ多くの男たちの心を奪ってきた女性である。実はマティアスの従兄弟のセヴェーロも彼女に惚れ込んでいた。だがマティアスに夢中なリンは、誠実なセヴェーロの存在に気づくこともなくマティアスに身を任せ、ついには彼の子供まで身ごもってしまう。しかし妊娠がわかった途端にリンは捨てられる。傷心の彼女を慰めたのはセヴェーロで、彼はリンの子供を私生児とさせないためにと、彼女に結婚を申し出る。2人は結婚するが、出産時の出血が元でリンは死ぬ。生まれた女児をリンの両親の元に残し、深い悲しみの中セヴェーロは故国を外敵から守るべくチリに帰国する。

……本は三部構成になっているのだが、最初の一部はこんなところ。複雑な人間関係が織り成すドラマが生き生きと語られて面白い。このリンが生み落とした子供が主人公のオーロラで、二部では彼女が大人になるまで、三部では彼女が結婚して裏切られ、そこから立ち直って歩き出すまでが描かれている。
オーロラは当初チャイナタウンの母方の祖父母に養育されるが、5才になると父方の祖母のパウリーナの元で育てられるようになる。このパウリーナが素晴らしい。したたかな現実主義者の上、我が侭で情熱的で感情的でエネルギッシュな人物として描かれていて、登場人物の中では一番個性的で魅力的である。(二番目の夫と結婚するくだりなどは、その最たるところ。)それに比べて主人公のオーロラ自身には精彩が欠けていて、読んでいて物足りない。

多分著者はドラマの人間模様と共にこのオーロラの成長を描いたつもりなんだろうが、それがまたどうも中途半端だ。特に結婚後、夫の不貞が発覚しても彼女は身勝手な夫を責める代わりに我慢する道を選ぶ。理由は天使のように純粋な夫の母を苦しませたくないことと、夫とその不倫相手の愛が本物であるため。だからと言って夫が彼女を傷つけていい理由にはならないのに、彼女は夫との対決をあくまでも避ける。そして病床の祖母を見舞うことを口実に実家に戻り、二度と夫のところには帰らない。
「たとえアレコレ言われても私はもう人の陰口を気にしたりしない!」と胸を張るオーロラはしばらくして次の恋人も見つけ、“自由で充実した生活” を始める。しかし夫と正式に離婚していない彼女は、20世紀前半の保守的なチリで恋人と同棲することも、同室のホテルに泊まることもできないし、(多分そのせいであろう)2人の間には子供もいない。夫のほうは逆に名誉を保ったまま、邪魔者がいなくなって浮気もし放題。いいとこ取りである。結局オーロラは一方的な妥協と譲歩の上に成り立つ、制限つき“自由で充実した生活”を手に入れたに過ぎない。(普通それを “自由” とは言わないのだが。)その現実的な惨めさを描き、自己欺瞞を指摘する代わりに、著者がオーロラに「満足だ」と言わせて話を終わりにしているところが何とも……。

また本文中ではところどころに女性解放運動やフェミニズム的要素が挿入されているのに、それが最終的に全然生かされていない点で、著者の意図が不明なのである。家族の系譜を辿るだけなら、フェミニズムは必要なかったのでは?

実はこれ、『精霊たちの家』の少し前の話として書かれているようだ。『精霊たちの家』のクラーラは上述の(リンに恋して結婚した)セヴェーロとその二番目の妻ニヴェアの間に生まれて来たことになっている。 しかし『精霊たちの家』にはあんなに感動したのに、この本にはがっかりであった。(それとも感動した私のほうが今より感傷的だったのか……?)とにかくロマンチックで波乱万丈な『セピア色の肖像』は同時に、どこまでも甘く中途半端である。

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原題: Retrato en Sepia
著者: Isabel Allende (translated by Margaret Sayers Peden)
出版年: 2000

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