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指輪物語

『指輪物語』をやっと読了。巻末の補遺はまだ読んでいないが、話そのものは読み終わったのでよしとする。

これを10年ほど前に瀬田貞二訳で読んだ時は、退屈なのを我慢して読み通したせいもあって何が面白いのか全然わからなかった。ところが、出来ない英語で無理して読んでみるとハラハラドキドキの連続だった。そこがちょっと不思議。
ただ地理の説明が冗長なのには閉口した。東の丘がどうの、北の塔が遠くてなんだの……。地図を見ながら『指輪物語』を読む熱烈読者はいいのだろうが、そこまで情熱的でない私には退屈であった。そんなに丁寧に説明してくれなくてもいいような。

インターネットで『指輪物語』関連の情報を読んでいると、やはり瀬田貞二訳で挫折した人がかなりいるようなので、私だけでないんだと一安心。(安心したって仕方ないが。)瀬田訳『ナルニア国物語』は名訳だと思うんだが、『指輪物語』の瀬田訳は賛否両論あるらしい。

私見だが、(アラゴルンの別名である)“Strider” を『馳夫』と訳しちゃうのはかなり不自然な気がした。物や動物の名前を漢字に訳すのはいい。例えばナルニア国に出てくる馬の名前が『ぬば玉』だったり、船の名前が『あさびらき丸』だったり、『指輪物語』のアラゴンの剣の名前が『つらぬき丸』だったりするのはパッと日本人の頭に入るとても綺麗な訳だと思う。『ゴクリ』も動物だかホビットだかわからん存在なので、『ゴクリ』でよし。
今考えて一番すごいなと思うのは、『ナルニア国』の1巻に出てくる小人の愛称『オ・チカ』。『お小さい方』を縮めて『オ・チカ』になったという話だが、英語のオリジナル愛称はどんなものなんだろうかと今でも時々考えてしまう。
だが、人の名前を漢字に置き換えてしまうのは、黒岩涙香が『岩窟王』のエドモン・ダンテスを『団太郎』にしてしまったのと同じくらい違和感があるのだ。映画の字幕では “Strider” が『韋駄天』と訳されていて、瀬田訳ファンからは異議の声が上がったという話だが、『馳夫』と『韋駄天』ならまだ後者のほうが私には自然な感じがする。私だったら漢字にせず、敢えて片仮名で『イダテン』と書きたいところだけど。

いずれにせよ固有名詞の訳は難しいので、訳者も相当苦労したんだろうなぁとは思う。私はずっと知らなかったが、ドリトル先生だって本当は “do little”、つまり『為すこと少なし(=ろくでなし)』という意味だそうだ(*)。訳者の井伏鱒二はこれを片仮名表記にして、漢字に置き換えなかったわけだが、固有名詞の意味を取って漢字訳を敢行するのか、敢えて意味を切り捨ててオリジナルに近い片仮名表記で通すのか、本当に決断の難しいところであるな。
『我輩は猫である』の『苦沙弥先生』だって、外国語に訳せないだろう、きっと。

『指輪物語』の感想を書こうと思ったのに、ちょっとズレたことを書いてしまった。感想は後日また書くかも。

*:ドリトル先生の英国 / 南條竹則 / 文春新書

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原題: Lord of the Rings
著者: John Ronald Reuel Tolkien
出版年: 1954-1955

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