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クロスファイア

パーフェクト・ブルー』、『R. P. G.』とそれほど感心もしなかったが、この『クロスファイア』には最初から引きこまれた。これこそが宮部みゆきの本領発揮という作品だろうな。

主人公は念力放火能力者(パイロキネシス)の女性で、自身の特異能力を使って社会的に十分制裁され得ない凶悪犯罪者たちに単身で正義の鉄槌を下していく。その設定自体がかなり現実離れしていて、私はそれが現代の日本を舞台にした小説の中で成り立つのかどうか、最初は多少危ぶんでいた。だがそんな心配は小説を読み出してすぐに払拭されてしまった。

主人公の青木淳子は、この現実の世界で凶悪犯罪の犯人が十分に、或いは全く罰せられずに事件後社会復帰してのうのうと暮らしていることに対する私たちのやりきれなさや憤りを体現し、復讐を実現してくれる強大な力として描かれている。特に最初のうち彼女は、自分の正しさを確信して悪人を処刑していく現代日本の復讐の女神のような存在なのである。
だが、そんな彼女の確信が少しずつ揺らいでいく。悪者だけを殺すならいいのだが、一体どこで善と悪が分かれるのか?自分の私刑に巻き沿いにされた関係ない人間の命を奪っていいものなのか?ここで法制度を飛び越えて個人で罰を下す私刑というものにも限界が出て来る。青木淳子は自分が正義だと信じてきたものの不確かさに直面して、迷い始めるのだ。

宮部みゆきはこのようにして、現行の法制度の不十分さと私刑の危うさを同時に描き出している。これが上手い。小説の中でこの問題に対する答えは出ていないし、そもそもこれは答えの出る問題ではないのだろうが、こういう問題を提起して読者自身にもものを考えさせつつ、小説は続いていく。
最後はハッピーなんだかアンハッピーなんだが微妙な終わり方だが、私は文庫本の解説者と同じくハッピーエンド説を支持したい。ここらへんは人によって解釈が異なるところだろう。

青木淳子を追う側は石津ちか子という叩き上げおばさん刑事なのだが、この人が丸くて余裕があって円熟したただのおばさんでよろしい。まぁ美人超能力者と正反対の存在である。ここで美人で腕っ節が強く、東大出身のエリート女性刑事なんてもってこられると、途端に話の現実味が薄れてしまうのだが、石津刑事の足に地のついた冷静さが小説に現実味を与えている。
また外見とはうらはらに、女性ならではの鋭い感性や直感を石津刑事は内に秘めており、彼女こそが青木淳子の本当の理解者だったのではないかな、と思わされたりした。石津刑事は青木淳子を一個の若い女性としても見ており、ただ刑事として犯人を追いつめるだけでない、同じ女性として共感的な姿勢が暖かい。それはまた宮部みゆき自身の優しさにも繋がるのではないかと思うが、これはただの憶測。

社会小説でありながら、SF的・推理小説的要素を含み、恋愛小説でもあり、それでいて話の内容を散漫させずにまとめ上げてある話なので、面白いのも当然か。満足満足。

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原題: クロスファイア
著者: 宮部 みゆき
出版年: 1998

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