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ふくろうの叫び

支配的で無神経、異常に自分勝手な妻と別れたばかりのロバート・フォレスターはニューヨークを離れてペンシルバニア州の小さな町に落ち着く。そこで新しい生活を始めるのだが、どうも鬱々とした気持ちがぬけない。そんなロバートは、ある家の中に幸せそうな若い女性の姿を見かける。婚約者がいて平凡な幸福を満喫している様子の彼女を見ると、ロバートはなぜか静かな幸せにひたれた。その気持ちが忘れられずに、何度か彼女の生活を覗き見するロバートだったが、ある日当の本人に見つかってしまう。
だが不思議なことに、彼女はロバートを怖がらずに家の中に招き入れ、彼と話をする。現実の彼女(ジェニファー)に知り合い、その夢見がちな幼さに幻滅するロバートとは逆に、ジェニファーのほうはロバートに興味を持つ。そしてその後何度か彼に会った彼女は、婚約を破棄してロバートに愛を告白するのだ。それに怒り狂った婚約者のグレッグは、ロバートを待ち伏せして襲い掛かる。結局喧嘩は五分五分に終わるのだが、直後グレッグが行方不明になり、ロバートがグレッグを殺したとの噂が町中に広まる。

これはグレッグの狂言で実はこの男、婚約者を寝取ったロバートに精神的制裁を加えるために彼の元妻ニッキーと組んでニューヨークに隠れているのだ。しかし警察を含めて町の誰もがグレッグは殺されたのだと思い込む。新聞はロバートについてあることないこと扇情的に書き立て、それを鵜呑みにした人間はロバートを色眼鏡を通して見るようになる。
この小説では、状況証拠とメディアの報道だけで無実の人間が事件の真犯人にしたてられていく様が恐ろしいくらいの現実感を伴って書かれているのだ。これを「登場人物がみんな変だから」と解釈してもいいが、実はみんな(グレッグとニッキーは別にして)普通の人間なのだ。しかし真実と虚構、あるいは見せかけの区別がつけられないまま、そしてそのことに全く気づかないまま、ロバートを人殺しとして糾弾し、共同生活から排除しようとする。

実際に自分がロバートの立場に立ったら……と思うだけで恐ろしいが、逆にロバートの周囲の人間の立場に立ったらどうなのか、考えさせられた。事実と背景事情と虚偽とを自分が見分けることができるのか、ロバートの無実を信じることができるのか、例え無実を確信してたにせよ、それを態度で示せるのか。……感情的・主観的な私には多分無理だろうと思うが、少なくともそういった立場に立った時になるべく公正な判断を下そうというような心づもりを持ち続けられたらなとは思った。

しかし鬱気質のロバートが、後半は鬱などなかったかのように周囲の悪意と戦う姿はかなり超人的であった。もしかして事件の後に疲れが出てまたど〜んと鬱状態に落ち込んでしまうのかもしれないが。

最後は何とも何とも……。読者がロバートに十分共感を抱き、終盤の勧善懲悪に喜んだところで、どんでん返し。そこがハイスミスのハイスミスたる所以なのだが。
それ以前にも、ニッキーのヒステリックな偏執ぶりやグレッグの暴力マッチョぶりには疲れさせられた。とても興奮させられる小説だったが、それと同じくらいストレスもたまったような。疲れている人や鬱気味の人は読まないほうがいいかもしれない小説だ。
しかし前回読んだ『リプリー』よりはずっと面白かった。

アマゾン.jp へ: ふくろうの叫びThe Cry of the Owl

原題: The Cry of the Owl
著者: Patricia Highsmith
出版年: 1962
日本語版
翻訳者: 宮脇 裕子
出版社: 河出書房新社

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(C) Hana 2003 ウィーン今昔物語