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聖母のいない国

明治大学の先生が書いたアメリカ文学論。
13章に渡って13冊の本を扱っているのだが、話題の幅が広い。当時の時代背景から始まり、同時代の別の作家の作品や現代文学との比較、日本の読者の反応とその心理などなど、多角的に説明をしていってくれるので素人にもわかりやすく読める。 また日本人に馴染みのある作家の作品を多く取り上げているので、とっつきやすいというのもある。例を挙げれば『風と共に去りぬ』、『トム・ソーヤーの冒険』、『日はまた昇る』などなど。昔漫然と読んだ本がそういう意味を含んでいたのか、そういう評価を受けていたのか、はたまたそう解釈できるのか……ということが今更ながらわかって、面白く読み進めることができた。中には作者の名前しか知らなくて、作品の説明なんてちぃともわからなかったというケースもあったが。

中でも『緋文字』の解釈は斬新な気がした。これはヘスター・プリンこそがチリングワースとディムズデールの2人に勝ちをおさめ、それがひいては母権制の勝利を謳っているというもの。つまり産む性と産まぬ性の関係において『緋文字』が読み解かれているのだ。そこから進んでホーソーンが精子バンクを介しての(つまり現実の男を必要としない)21世紀の妊娠・出産事情までをも予知していたというのは穿ち過ぎでないかと思うが、解釈としては面白い。

あとは、最終章の『赤毛のアン』論にも触れておきたい。
御多分に盛れず、私も少女時代に『赤毛のアン』や『エミリー』シリーズを愛読してきたのだが(当時日本語訳されていたシリーズは全部読んだと思う)、一抹の違和感を感じていた。それは詩作や小説の才能を顕わしながらも、アンとエミリーの両者とも結婚して家庭に入ってしまうこと。当時の私にはそれが不満であったが、この章を読んでその疑問が解消された気がする。
欲を言えば、著者がモンゴメリ自身についてもっと突っ込んで書いてくれると『赤毛のアン』ももう少し立体的に浮かび上がって見えた気がするが、これは参考にと巻末に挙げられているモンゴメリ論を読めば補完されることなのでよしとする。もう私は『赤毛のアン』を読むことはないだろうが、逆にこの小説の解釈や解説についてもっと読んでみたくなってきた。

ただ昔大好きだった本からいつの間にか心が離れていることに気づくと、「年とったのかも……」という気にさせられますな。私の場合、この『赤毛のアン』や『風と共に去りぬ』を読みたいと思わなくなった時に青春時代が終わったのかもしれないと何となく思ったりするのだが。

蛇足だが、大学の先生というのはやはり博識だなぁとこの本を読んで感心した。話や説明がアメリカや西欧文学に留まらずあちこちに飛ぶ。日本海軍の歴史から文豪たちの作品から、現代の漫画や文学、フェミニズム論、さらには少女たちに愛されるホモ文学(要するに『やおい』ですな)まで。そのお陰で異国の文学が身近に感じられ、何より理解しやすくなっている。
アメリカ文学に関心がなくても、この本を読んでみれば興味が出てくるかも。実際私も(この本の中で紹介されていて)まだ読んだことのない本を読んでみようか、という気にさせられた。(ヘンリー・ジェイムスには手が出ないだろうけれど。)

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原題: 聖母のいない国
著者: 小谷野 敦
出版年: 2002

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