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エリザベート――ハプスブルク家最後の皇女

ハプスブルク関連ということで日本から母が送ってくれた書籍類の中にこの本が入っていたので読んでみた。久々の日本語本であったが、毎日インターネットで日本語を読んでいるのでそれに関しては特に感銘ナシ。しかし日本語で本を読むのはやっぱり気楽でよろしい。

『エリザベート』表紙写真 さて、本書の主人公エリザベートはフランツ=ヨーゼフの妃で、最近人気のミュージカルの主人公になっているエリザベートのほうではなく、その2人の孫、つまり「うたかたの恋」で有名な情死事件の主人公ルドルフとその正妻のステファニーの間に生まれた一人娘、エリザベートなのである。私が読んだ文庫本の表紙の写真には、近代的なドレスを着たショートカットの美しい女性が微笑んでいる(右の写真参照)。いやにモダンなエリザベート(フランツ=ヨーゼフの妃のほう)だなぁと不思議に思っていたら、エリザベート違いであった。

この『エリザベート』は、若くして非業の死を遂げた父ルドルフの苦悩から話が始まる。ハプスブルク家の跡取りと下級貴族の娘の心中事件は後世にも様々な形で取り上げられ、小説や映画、さらにはバレエやオペラのテーマにもなった。「うたかたの恋」と名づけられたこの事件は多くの場合、悲劇的浪漫的大河恋愛のお手本のような扱われ方をしている。
しかし著者の塚本氏はこの事件を様々な角度から丹念に検証し、これを単なる情死事件として片付けない。早熟で繊細で知的で、政治的感覚にも優れていたルドルフは、いち早く歴史の動きを察知し、ハプスブルク家及びオーストリア=ハンガリー帝国存続のための対策を立て始めたが、それが保守的で頑固な父のフランツ=ヨーゼフの政策と真っ向から対立してしまう。精神的には比較的もろかったルドルフはその対立に疲れ果て、結果的に死を選んでしまったのだろうと塚本氏は推測する。そこに至るまでの経過が、歴史的背景やルドルフ自身の性格、周囲の状況などと合わせて詳細に描かれているために、(著者が言わんとしている)事件の全貌がわかりやすく浮かび上がってきた観がある。

当のエリザベートは祖父のフランツ=ヨーゼフに溺愛されて育ち、18歳という若さで身分違いの相手と熱烈な恋愛結婚をし、4人の子供をもうける。そして2回の大戦と不倫、反ナチ運動への参加、夫との離婚、ハプスブルク家の没落、社会民主党員で2度目の夫ぺツネックとの出会い……などという数奇な運命を辿りながら、歴史の片隅でオーストリアの政治に関わり続ける。
このエリザベートの生涯も非常に面白いのだが、塚本氏はオーストリアの近・現代史の記述にも多く紙面を割いている。いやむしろ、氏はこの歴史の流れを書くためにエリザベートの生涯をテーマとして選んだのではないかと思う場面も多々あった。特に下巻ではエリザベートよりも歴史に関する記述が多いくらいで、そういった印象を強く受けた。それを面白いと思うか、退屈と感じるかは、個々の読者の興味の方向にもよるだろう。私はところどころ飛ばし読みしてしまったが。

とはいえ、これまで漠然としか知らなかったオーストリア近・現代史の概観を知ることができてとても勉強になったことは確かである。個人的には、歴史的・地理的観点から見たオーストリアとスイスの永世中立宣言の質の違いや、第二次世界大戦後の独立をめぐってのオーストリアとソ連の駆け引きなどは非常に興味深く読むことができた。アメリカ一国に占領され、その言うことを聞きながら比較的無難に復興の道を歩き始めた日本とは異なり、イギリス、フランス、アメリカ、ソ連の4カ国に占領されたオーストリアは戦後10年間も虚々実々の駆け引きを繰り返しながら、ようやく独立まで漕ぎ着けたのである。
そのとばっちりを受ける形でエリザベートは自身の屋敷を接収されたりして色々苦労したようだ。

ひとつ残念に思ったのは、本書が全体的に伝記・歴史書の形式をもって書かれているにも関わらず、エリザベートに関する記述においては小説的な手法が採用されていること。つまり、著者が各人物の感情を(時には憶測で)代弁し過ぎ、それが客観的な歴史的叙述とそぐわない気がして違和感を感じた。小説なら小説として、著者が登場人物に感情移入をして全くかまわないのだが、伝記というスタイルを採用するならば主人公ともう少し距離を置いた記述をして欲しかった。
この違和感の直接の原因は、察するところ会話の多さにある。塚本氏は「多分エリザベートとこの人物の間にはこういう会話が交わされたであろう」という会話をたびたび本文に挿入しているので、それを読むたびに何となく「本物っぽくなさ」及び無駄な過剰さを感じた。伝記に架空の会話を多数挿入する意味があるのか?それよりは客観的に無機質に各人物の心情を描くほうが相応しい気がした。
ま、これは当然ながら私個人の感想である。

しかし細かい点は抜きにすると、かなりの力作である。だが上にも書いた通り、歴史や政治にかなり重点が置かれているので、ハプスブルク家最後のお姫様の生涯だけの話だと思っていると、びっくりさせられること請け合い。

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原題: エリザベート――ハプスブルク家最後の皇女
著者: 塚本 哲也
出版年: 1992

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