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攻撃――悪の自然史

原題を直訳すると「いわゆる悪」となる。つまり本書では、一般的には否定的に捉えられている攻撃性について、動物行動学者のロレンツが熱帯魚から灰色ガンまで様々な例を引き合いにして語っているのだ。そして、この悪者扱いされている攻撃性というものがどのように種の保存と結びついているのか、またこの攻撃性をコントロールするために(つまり同胞や自分の子供を傷つけないために)種々の動物たちがどのような方法を考え出したのか、説明してくれる。

さらに話が攻撃性から別の方向へと発展していくことも珍しくなく、それがまた面白い。
例えば灰色ガンのオス同士の同性愛には種の保存的に大きな意味がある。このオス同士は互いをメスと認識し、何とか相手と交尾しようとするのだが、何度かその試みに失敗すると諦めてプラトニックに仲良く過ごすようになる。しかしそこで、このオスの片方に惚れてしまうメスが現れるのだ。このメスは影のようにひっそりと、トリモチのようにしつこくオスカップルにつきまとう。(俗語的に表現すると、このメスをオカマにつきまとうオコゲと言えばいいのか。)
そのうち、メスに惚れられているほうのオスが自分のパートナーを置き去りにして、このメスとそそくさと交尾するようになる。しかしこのメスはいわゆるセックスパートナーというもので、情事が終わるとオスはすぐさま元のパートナーのところに何食わぬ顔をして戻って行く。こんなことが何度も繰り返されるうちに、メスは次第にこの2匹の間に受け入れられていくようになり、最終的に3匹でひとつのグループが形成される。そしてこのメスは両方のオスと交尾をするようにもなるのだ。
すると灰色ガンの群れの中で、オスが2匹もいるこの異色グループがトップの位置に躍り出ることになるのだ。一夫一婦制の中に二夫一婦制が出現すれば、後者が群れ内のランクや縄張り争いで勝ちをおさめるのは当然である。また子育てにおいても、親が3匹いれば雛の生存率も当然ながら、親が2匹しかいないカップルの場合よりも上がる。これが灰色ガンホモカップルの大きな利点なのである。
ロレンツもまぁよくこんなところまで観察したものだ。

一連の動物の攻撃性に関する行動から、ロレンツは人間の攻撃性へと結論を導き出す。
同種の仲間を殺し得る破壊力の大きい『武器』を持つ動物たちは、仲間殺しを避けるために攻撃性をコントロールする術を身につけている。つまり攻撃性を別の方向へ逃がしてやる(ロレンツが名づけたところの)『儀式』というものが存在するのだ。犬や狼は、喧嘩に負けた者が致命的な弱点である首を相手に差し出す。この行為によって、どんなに猛り狂った勝者もなだめられてしまう。そのため、死に至るまで争いが続くということがない。
しかし逆にこういった致命的な『武器』を持たない動物たちは、基本的にその攻撃性をコントロールする必要性がない。鳩や(多くの)魚類同士が争った場合、片方が逃げてしまえばそれで争いに片がついてしまうし、一撃で相手に致命的な怪我を与えてしまうという危険性もない。しかし人工的な環境の中で負けた者の逃げる場所がない場合、攻撃性をコントロールできない勝者は敗者を殺すまで責め苛み続ける。
ロレンツは、人間がまさにこの「攻撃性をコントロールできない動物」にあたると主張しているのだ。

そして人間が元の攻撃性を何倍にも増幅して効果的な殺傷能力を備えた武器というものを発明して以来、攻撃性と種の保存という本能の間に大きな歪みが生じてしまったと断じる。しかしここで、人間は初めて理性で攻撃本能をコントロールしようとし始める。そしてこの点で人間と他の動物たちの差が現れてくるのだ。
現代において、人類の存在は文明の発達と共に非常な勢いで開発されていく大量殺戮兵器や、人間の攻撃性を扇動することに天才的に長けているある種の政治家たちに絶えず脅かされているといっても過言ではない。しかしロレンツはあくまで客観的に人間の未来を思い描き、最終章では『希望への告白』という題で、人間の攻撃性と理性との関係を考察していく。

本書は動物行動学に限らず、哲学や心理学、人類の歴史といった範疇にまで話が広がっていく。それを理解するにはかなりの集中力が必要だったが、我々人間の行動パターンや行動規範が体系的にかつ論理的に目の前に示された感がある。本能的・衝動的動物としての人間と理性的存在としての人間の境界をおぼろげながら浮かび上がらせてくれたような一冊であった。

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原題: Das sogenannte Böse
著者: Konrad Lorenz (コンラート・ロレンツ)
出版年: 1963
日本語版
翻訳者: 日高 敏隆、久保 和彦
出版社: みすず書房

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