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クランバンブリ、他

『クランバンブリ』とは19世紀オーストリアを代表する作家の1人、エーブナー=エッシェンバッハ(1830−1916)による短編である。彼女の作品はこれだけが日本語に訳されている模様。(註:私もこれを訳してみました。興味のある方はこちらへどうぞ。)
モラヴィア(現在のチェコ)生まれの彼女は少女時代から書くことの魅力に憑かれていた。そんな良家の子女にふさわしからぬ活動を何とか止めさせようと、両親は17歳の彼女の詩篇をグリルパルツァー(オーストリアの文豪)の元に送り、それを酷評してくれるよう頼んだ。こうして彼女の文筆意欲を挫こうとしたのだ。しかし逆にグリルパルツァーは彼女の表現力を賞賛する返事を書いてよこしたため、それに勇気づけられたエーブナー=エッシェンバッハはその後も文章を書き続けたという。
1848年に彼女は従兄弟と結婚して1856年にウィーンに移り住んだのだが、そこで劇の魅力に取り付かれて自分でも『メリー・スチュアート』などの戯曲を書き始める。結局戯曲では成功しなかったのだが、それでも彼女は文筆活動を続け、次第に物語風の詩篇や小説が評価されるようになる。そして1880年に出版された『ロッティ、時計職人』で、ようやく作家として不動の地位を築く。エーブナー=エッシェンバッハは1899年にオーストリアの芸術・科学勲章(市民に与えられる最高勲章)とウィーン大学の名誉博士号を授与された最初の女性でもある。(後者に至っては、唯一の女性でもあるらしい。)

私が手にしたレクラム文庫には『クランバンブリ』の他に『シュピッツィン』、『ミシュカと伯爵婦人』と、全部で3篇の短編が収められている。これらに共通しているのが、エーブナー=エッシェンバッハの冷徹で現実的な視線である。フォンのつく名字を見てわかる通り彼女はオーストリア貴族の娘として生まれたのだが、上記3篇に関しては貴族らしい豪勢さや華麗さなど微塵もない。(貴族が登場することは何度かあるが)貧しく泥臭い農民や村人の生活が容赦のない現実と共に語られているのである。
つまりエーブナー=エッシェンバッハはその時代には珍しく、貴族が農民を搾取して成り立つ身分制度のはらむ問題に気づいていた人間で、彼女の作品にその過酷な現実や社会問題などが描かれていることが少なくない(貧困、飢え、夫や父による家庭内暴力、動物虐待、農民や社会的弱者の搾取……等々)。そんなわけで、言わば社会の恥部を何の斟酌もなしに描き出した上、貴族の女性であるという(当時で言えば)ハンディを持つエーブナー=エッシェンバッハの作品が不当な評価を受けることも多かったようだ。

ここからが本題。(どの作品も掌編だし『クランバンブリ』以外は未訳なので、最後まで筋を紹介してしまいますが悪しからず。)

最初の作品『クランバンブリ』は妙な題であるが、これはドイツのダンツィッヒのブランデーの名前である。ここではその酒から命名された犬とその飼い主の猟師が主人公となっている。犬がなまじ賢く愛情深い名犬であるばかりに、最後には悲劇が待ち受けている。多分、犬を可愛がったことがあると余計に悲しさが増す。これは犬の話としては、(少なくともドイツ語圏では)真っ先に思い出されるであろう珠玉の名作。
何年か前にこの話はドラマ化もされたが、ドラマは出来損ないだった。それから邦訳では『クラブリ』となっているようだが、日本語でこれを発音するとムは結局ンになってしまうので、私は『クラブリ』とした。

次の『シュピッツィン』も犬の名前。クランバンブリは多分オスだが、シュピッツィンはメスである。これは犬種のスピッツ(ドイツ語でシュピッツ)を女性化しただけの単純な名前だろうと思われる。
この話は、ある農村に捨てられた赤ん坊が村人のお情けで何とか生き長らえ、粗暴で卑屈な少年に育ったところから始まる。少年はそのうちある親方の家に住み込みで働くようになるが、この親方の息子たちは少年よりはるかに凶暴であった。特に犬のシュピッツィンは長年虐待されてきたせいで、3本足の片目しかない年より犬になってしまっている。そんなシュピッツィンがまた子犬を生んだのだが、1匹を残して他は全て殺されてしまった。残る1匹を大切に育てるシュピッツィンだが、ある夜納屋であんまりうるさく鳴くため、怒って暴れた少年に大怪我を負わされる。しかし瀕死の状態でも少年を優しく見つめ、子犬を託して死んでいくシュピッツィン。それに心を動かされた少年は……。
最後は泣ける終わり方だが、後味はよくない。主人公の少年も親方の家族も粗雑で暴力的で、村人も冷淡で、エーブナー=エッシェンバッハの冷徹なリアリズムが存分に発揮されていると言えるが、当時こういう作品が受け入れられなかったのは無理もないと思われる。今読んでもショッキングな内容だ。しかしシュピッツィンの死を契機に、それまで隠れていた少年の優しさがほとばしるように現れてくるくだりは見事である。

最後の『ミシュカと伯爵婦人』は、貧しい村の青年ミシュカと慈悲心はあるが上辺だけの道徳にこだわる伯爵婦人の話。ある時村の伯爵婦人はミシュカに庭師の職を世話してやり、何かとミシュカを気にかけてやる。しかしミシュカには道徳的に多少問題がある。伯爵婦人はよかれと思い、ミシュカを更生させるべく色々手を打つのだがそれが裏目裏目に出て……。
上の2作ほどの迫力はないが、ここでは表面的な事柄と自分の道徳観に捕らえられ、結果的に青年を死に追いやる伯爵婦人のエゴイズムと貴族階級に対する痛烈な皮肉が描かれている。最後にミシュカは助かりそうになるのだが、死ぬ。この結末が何ともエーブナー=エッシェンバッハらしい。

エーブナー=エッシェンバッハの作品に派手派手しさや娯楽性といった要素は欠けているが、庶民の貧しい生活を生々しく描き出す筆致と作品のプロットは見事で、現代でも十分に通用するリアリズムを備えている。彼女の作品が日本で紹介されていないのは残念だが、内容が地味なので仕方がないと言えば仕方ないのかも。

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原題: Krambambuli / Die Spitzin / Er laßt die Hand küssen
著者: Marie von Ebner-Eschenbach (マリー・フォン・エーブナー=エッシェンバッハ)
出版年: 1884 / 1901 / 1886
日本語版(クランバンブリのみ)
翻訳者: 藤川 芳朗(編訳)
出版社: 白水社(『犬物語』に収録)
または
翻訳者: 辻 [王星] (王と星で一文字、「ひかる」と読むらしい)
出版社: 河出書房新社(サマセット・モーム編の『世界100物語 〔1〕 おしゃべりな小説』に収録)

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(C) Hana 2003 ウィーン今昔物語