HOME > 書評目次 > 皇帝と二人の花嫁 ‖ 読書の記録

皇帝と二人の花嫁

この本は巷に溢れかえっているシシィ(エリザベート)もののうちの一冊。そして私が初めて読む皇后エリザベート伝でもある。(日本でもそうだが、地元オーストリアでもシシィに関する本は山ほど出版されている。もう「シシィもの」とジャンルがひとつできてしまいそうなほどだ。これだけ本が出ているとどれも内容的には大同小異ではないかと思うが、それだけ売れるのだろう。)

ただ本書はシシィ1人に焦点を当てているわけではなく、シシィの夫フランツ=ヨーゼフと姉のネネ(ヘレネ)の3人の相関関係を描いている点で目新しい。有名な話だが、元々はネネがフランツ=ヨーゼフの花嫁候補であった。しかしさりげなくお膳立てされた見合いの席で、フランツ=ヨーゼフはネネではなくその15歳の妹のシシィに惚れてしまう。ネネはこの行き違いに一時的には傷ついたものの、数年後には幸せな恋愛結婚をし、終生妹のシシィとその夫のフランツ=ヨーゼフと親しい関係を続ける。
多分著者はそこから本の題をつけたのだと思うが(原題を直訳すると『皇帝のための二人の花嫁』)、特にネネがフランツ=ヨーゼフを一生慕い続けたというわけでもないので、この題には少し無理があると思う。題で差をつけないと、本も売れにくいということなのかもしれないが。

しかしなんである、この本を読んで私がおぼろげに抱いていたシシィ像が一変してしまった。私はてっきり彼女が薄幸の佳人だとばかり思っていたのだが、ここに描かれているシシィは(私から見ると)ただの病的に鬱気味な現実逃避的ナルシストである。何もわからないまま、16歳という若さで儀式と伝統を重んじるハプスブルク家に嫁いできたシシィが苦労したことはわかる。よく言えば率直な、悪く言えば無神経な姑にチクチクとやられ、周囲の人間の感情に疎い仕事人間の夫、フランツ=ヨーゼフにも自分の悩みや苦しみを理解してもらえない。それで繊細なシシィは深く深く失望し、不機嫌で気まぐれな人間へと変わっていくのだ。姑に産んだばかりの子供を取り上げられたことが夫婦仲に決定的な楔を打ち込んだようでもあるが、姑のゾフィはシシィのように鬱々とした精神状態でなおかつ無責任な母親が子供にいい影響を与えるわけがないと、それをおそれてもいたらしい。その気持ちもわからんでもない。
巷ではシシィばかりが迫害されたようなことになっているが、むしろシシィ、ハプスブルク家、姑、夫という組み合わせ全てが悪かったためにこうした結果が生まれたのではないか。当時やそれ以前の貴族社会では、こういった不幸な結婚はいくらでもあっただろう。そこで踏ん張れる人間と諦観してしまう人間が出てくるだろうが、シシィの無気力ぶりはその中でも群を抜いている。
そして世継ぎのルドルフを生んだ後の彼女はウィーンから遠ざかろうと旅から旅への生活を続けるのみ。

対するネネは惚れた夫と幸せに暮らし4人の子供にも恵まれるが、末っ子誕生の後に病弱だった夫は突然亡くなってしまう。そして長男が成人するまでの10数年間ネネは、息子の後見人として嫁ぎ先のトゥルン・ウント・タクシス家の屋台骨を支えて家業を切り盛りすることと、城下の貧民や孤児の救済事業に専念する。

こうやって2人の姉妹を比較してみると、シシィの結婚後の幸先は悪いがその後は特に大きな不幸にも遭わず(長男ルドルフの自殺までは)比較的順調なのである。その反対にネネは義理の両親にも夫にも財産にも恵まれるが、夫に先立たれ、ようやく成人した息子も失い、(確か)娘の1人も若いうちに病死するという不幸に襲われる。それでも敬虔なネネは希望を失わず、ショックを乗り越え、現実を見据えて生きていく。特にはじめのうち、著者のグレーシングは、何度もネネのほうがシシィの何倍もフランツ=ヨーゼフの妻、オーストリア=ハンガリー帝国の皇后としてふさわしい女性だったはずだと述べているが、本当にそうだったのかもしれない。

特にシシィの変人ぶりは際立っている。突然に精神病院を訪れて、何時間も飽きることなく患者を観察したり、彼女の憧れだった(ギリシア神話の)アキレウスと交霊するためにギリシア語を習おうとしたり……。また周囲に対する興味を失ったシシィの関心は、自分自身に向かったのだと著者は分析する。そのため痩せることに異常に執着したシシィは、50kgという体重を維持するために一日にパンを数枚と牛乳を2杯しか口にしなくなっていったという。それでも焼きたてのゼンメル(パンのこと)と新鮮な牛乳を旅先でも口にできるように、旅には常にお抱えのパン屋と乳牛2頭と山羊1頭がお供したそうである。そんなシシィが亡くなった折、長年の無理なダイエットの結果として両脚には飢餓浮腫まで見られたそうだ。
エリザベート ― ハプスブルク家最後の皇女』の中でもふれられていたが、61歳で亡くなったシシィはその時まだ30代にしか見えなかったという。この情報源はシシィお抱えのイギリス人朗読者、フレデリック・バーカーという人がシシィの亡骸に対面した際の印象を書き留めた文章らしいが、甚だ疑わしい描写である。というのも、長年栄養失調で体はボロボロ、精神的にも不安定な女性が、60歳になるまで輝くような美しさを維持できるものだろうか。この時点で彼女の美貌はもはや過去の栄光だったのではないか?バーカーが鷹揚な雇い主に対する最後の奉公として、美辞麗句の限りを尽くして皇后エリザベートを称えたということではないのか?

それにしても暗く寒いウィーンを嫌い、重苦しいウィーンの王宮を嫌い、オーストリア=ハンガリー帝国の皇后としての自覚も持たずにあてのない旅を続けながら異国の地で凶器の元に倒れたシシィ。そんな彼女が現代ウィーンの象徴のように扱われ、重要な観光アトラクションとして世界中からウィーンに観光客を惹きつけているのも皮肉な話である。
しかしその若き日の美貌と非業の死がなければ、シシィが死後これほどの人気を博すこともなかったような気がする。どうも過大評価され過ぎているような。一般的に「現実に直面できず、ウィーンから逃げ回る旅から旅への生活 → 溌剌としたシシィが自由を愛したからこそ古臭いウィーンに馴染めなかった」と曲解されているようだが、そんなに彼女の現実逃避ぶりを美化してしまっていいのだろうか。

ま、一冊本を読んだだけでシシィ過大評価説を唱えてしまうのも短絡的過ぎるので、おいおいシシィ関連の本をまた読んでみようと思った。

アマゾン.de へ:Zwei Bräute für einen Kaiser

原題: Zwei Bräute für einen Kaiser
著者: Sigrid-Maria Größing (ジークリット=マリア・グレーシング)
出版年: 1999

HOME > 書評目次 > 皇帝と二人の花嫁 ‖ 読書の記録
────────────────
(C) Hana 2003 ウィーン今昔物語