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チェスの話

これは私が語学学校に通っていた時代に、先生に勧められて授業中に皆で読んだ一冊なのである。薄い本だが、初めて自力でドイツ語の本を読むことができて嬉しかった思い出の本でもある。

ニューヨークからブエノス・アイレスに向かう船に乗ろうとした『私』は、鼻持ちならない成り上がりチェス世界チャンピオンのチェントヴィッチが同じ船に乗り合わせることを知る。どうにかしてこのチャンピオンと一度手合わせを願おうという『私』の願いがかない、『私』と数人の素人チェス愛好家はチェントヴィッチと対決する。しかし残念ながら2度ともあっけなく敗北を喫してしまう。幸運なことに、3度目の挑戦で罠にはまろうとした『私』とその仲間たちに適切なアドバイスをしてくれる紳士が現れ、『私』たちは世界チャンピオンを相手に引き分けという快挙を成し遂げる。
しかし驚いたことに、Dr. Bという名のこの紳士はギムナジウム時代に少しチェスの手ほどきを受けただけで、かれこれ25年ほどはチェス盤の前に座ったことがなかったというのだ。そんな人間がなぜそれほどチェスに通じているのか?『私』はDr. Bから驚嘆すべき話を聞かされる。

これはフロイトの精神分析学や心理学などに大いに興味を持っていたというツヴァイクが、強迫感や中毒性、神経症といったものをテーマに書いたと思われる作品である。

実はDr. Bは、一時期ナチに捕らえられてあるホテルの何もない一室に監禁されていたことがあったのだ。尋問に呼び出されるまでの数日間、あるいは数週間をDr. Bは何もない部屋で1人っきり、ただ無為に過ごさなくてはならない。
そういう状態で何ヶ月も過ごしていたDr. Bは、気がおかしくなりかかっていたが、ある日偶然チェス名人の150ゲームを記録してある本を手に入れる。それを一手一手暗記して頭を働かせることで心の平安を取り戻すことができたが、全ての手を完全に暗記してしまうと再び壁にぶつかってしまう。そこでDr. Bが考え出した方法というのが、頭の中のチェス盤で自分を相手に自分が戦うということだった。何百回も何千回も自分対自分の勝負を続けて行く中、頭の中のチェス試合はどんどんヒートアップしていき、Dr. Bはついに錯乱状態に陥ってしまう。

Dr. Bが我を失っていく過程が非常に生々しく描かれている。最初に無為の恐ろしさをいやというほど味わったDr. Bは、それから逃れるためにチェスに没頭する。しかし自分対自分の勝負、つまり決して100%の勝利をおさめることができないジレンマの中で数え切れないほど繰り返しチェスを指し続け、徐々に壊れていくのだ。
コンピューターゲームや本や、中にはジグソーパズルなど、とにかく何かに没頭して夢の中までその作業を続けるというのは常人でも珍しいことではないだろう。しかしツヴァイクは特殊な極限状況を作り出し、その中で引き裂かれて行くDr. Bの精神を勢いよく描き出している。

私はチェスについてほとんど知らないのだが、それでもこの小説を面白く読めた。比較的薄いし、展開が面白い本なので、読みやすい本である。

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原題: Schachnovelle
著者: Stefan Zweig (シュテファン・ツヴァイク)
出版年: 1941
日本語版
翻訳者: 不明
出版社: みすず書房(シュテファン・ツヴァイク全集)

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