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全ての者に死を

この本を書いたハイニヘンという人は1994年にベルリンのとある出版社を設立し、1999年までそこの社長だったらしい。その後トリエステに移住し、そこで推理小説を書き始める。ハイニヘンの経歴についてインターネットで検索をかけてみたのだが、本の背表紙に書いてあることと全く同じ記述しか見つからなかったので、これ以上のことは不明。そこがちょっとひっかかる。私は彼がオーストリア人ではないのかとちらと思ったが、それも確かめられなかった。
いずれにせよ、本書は彼の処女作である。

小説の舞台はハイニヘンの住むトリエステである。この本を私は推理小説の項に分類したが、内容は推理小説というよりもトリエステを舞台にした国際犯罪小説といったほうが正しいかもしれない。テーマは人身売買及びマフィアによる売春。

1999年の夏、ラウレッティ警部は、夜も明けきらないうちに呼び出しを受ける。とある貝の養殖場に無人の豪華ヨットが入り込み、養殖場の持ち主に大損害を与えたというのだ。後でヨットの持ち主はデ・コッパーベルクという、トリエステで輸出入業を営むオーストリアの実業家であることがわかるが、肝心のデ・コッパーベルクは行方不明のまま。丹念な鑑識捜査の結果、船内で格闘のかすかな痕跡だけが見つかった。
実はこのデ・コッパーベルクの妻は数十年前に海で行方不明となっており、その事件を扱ったのがラウレッティ警部だったのだ。結局デ・コッパーベルク夫人はサメに食べられたということで事件は片付いたが、ラウレッティ警部はデ・コッパーベルクが夫人を殺したことを確信していた。そしてこのたびの事件。何やら因縁めかしたものを感じながら、ラウレッティ警部は捜査を開始する。

上にも書いた通り、これはデ・コッパーベルクの死の謎が解かれていくというよりは、この事件を契機にデ・コッパーベルクが手を染めていた犯罪が芋づる式に白日のもとにさらされていく様がテンポよく描かれている。それがまた大がかりなのだ。
鉄のカーテンの崩壊による東欧諸国の自由化、それを契機に東欧マフィアが西に向かってどんどん進出してくる。マフィアが扱うのはタバコや麻薬、武器の密輸だけではない、人間、特に若く美しい東欧女性を西側に売春婦として売り飛ばすのはとても実入りのいい商売なのだ。これは実際にヨーロッパ中で社会問題となっているが、それに対して中々効果的な対抗策はないらしい。

ラウレッティ警部の捜査ぶりを追いながら、ハイニヘンは東西の経済格差の隙につけこむマフィアの暗躍を見事に浮かび上がらせる。さらに政治や行政の腐敗ぶり、それに対する警察内部の動き、東欧売春婦の悲惨な運命、その上に成り立つマフィアの豪奢な生活などなどがひとつの全体像をなし、大半の読者にとって未知の世界が現実的な重みをもって描かれている。

短気で忘れっぽく、カッとなりやすいラウレッティ警部はドナ・レオンの冷静なブルネッティ警部とまた違った魅力がある。ただ両者とも理想的な家族思いの父親というところが私には気に入らない。犯罪小説の主人公が男性警察官や探偵なら、暗い過去を背負っていたり心に傷を抱えていたりするほうが、翳があってよろしいのである。その点不満だったので、本書にはひとつしか ! マークをつけなかった。個人的減点である。それ以外は問題ナシ。
著者のハイニヘンは本書に続いて3作までラウレッティ警部ものを書いている。最新作は夏あたりに出版されたばかり。こちらは臓器売買がテーマで、それも中々面白そうで今から楽しみにしている。

アマゾン.de へ: Gib jedem seinen eigenen Tod

原題: Gib jedem seinen eigenen Tod
著者: Veit Heinichen (ファイト・ハイニヘン)
出版年: 2001

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