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ヒュルシュ夫人の屋敷

本書は『ポルト泣く』から始まる大人気ポルトシリーズを書いた著者の最新作である。てっきりまた推理小説なのだろうと思っていたが、案に相違して、半分(最初の100ページほど)まで読んでみても何も起こらない。別の意味でびっくりしてしまった。

この話の主人公は探偵でも警察官でもない。自分が編集長を勤めていたインテリ雑誌が休刊になるのを受けて、辞職してしまった中年男、ダニエル・ケーファー (Käfer) が主人公なのである。このケーファーは(著者のコーマレックは彼を大抵名字で呼び、名前では呼ばない)、少年時代に毎年夏休みを過ごしていたザルツカンマーグートの田舎町、アウスゼーへ向かい、そこでいったんゆっくり骨休めをしようとする。
昔の思い出にひたりながらあちこち散策するケーファーだったが、偶然ある石に自分と同じ名字の名前、「M. Käfer 1933」と彫り付けられているのを発見する。この名前の持ち主は一体何者なのか? 持ち前の好奇心に駆られて、ケーファーは少しずつこの「M. Käfer」の過去について探っていく。

元々コーマレックは、写真集に文を書いたり、オーストリア各地の自然や文化についてまとめた本を出していた作家である。今回は、ザルツカンマーグートの田舎風景の中で繰り広げられる過去と現在の邂逅が描かれており、推理小説的要素と風景描写がマーブルケーキのようにきれいに混ざり合った作品となったように思う。しかし人が殺されるわけでなし、何か大きなものが盗まれるわけでもなし、ポルトシリーズのようなミステリを期待していた私は、最初の半分のあまりの悠長さにがっかりした。
だが、「M. Käfer」に関する調査が進展していくうちに、少しずつ話にも勢いが出てくる。というのもこの M. Käfer とは、ダニエル・ケーファーの曽叔母(という表現があるのかどうか知らないが、大叔母よりさらに二等身離れた人)のマリア・ケーファーだということが判明したのだ。それと同時にケーファーの周囲で、怪しい出来事が頻発するようになる。

ポルトシリーズが田舎町をポルトの目を通して内部から見たものだとすると、本書は余所者であるケーファーがアウスゼーの人々に疎まれたり、親しまれたりしながら、少しずつ町に馴染んでいく過程を描いている。またケーファーを取り巻く人々も個性的で、ストーリーに味のあるアクセントを添えている。特にケーファーを連れてあちこち道案内をしてくれる少年ペーターが、子供時代のケーファーと重なるような存在として描かれており、過去と現在を結びつける助けとしての役目も果たしているのだ。(このペーターは、『ポルトに花束を』のガキ大将クラウスにも少し通じるものがあるような。実はコーマレックは、子供を描くのが好きなのではないかとも思ったり。そのうち子供を主人公に据えた推理小説も是非書いて欲しい。)

はらはらどきどきのシーンは皆無に近いが、のんびり休暇先で読むには気楽でいい本。会話が多いので、さっと読めてしまう。
[2004/07/01]

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原題: Die Villen der Frau Hürsch
著者: Alfred Komarek (コーマレック)
出版年: 2004

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