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総統の親友

本書は『ナチスの女たち』シリーズを著したジークムントの最新作で、今回はヒットラーの姪のアンゲラ・ラウバルとその婚約者でヒットラーの秘書謙運転手でもあったエミール・モーリス、そしてヒットラー自身の三角関係がテーマとなっている。タイトルになっている総統の親友とはこのモーリスのことで、彼はヒットラーの最初の賛同者のうちの一人であっただけでなく、水火を辞さず彼と行動を共にし、唯一ヒットラーと「君 (du) 」言葉で話すことを許された者でもあった。
一方アンゲラはヒットラーの異母姉の娘で、彼のお気に入りの姪であった。彼女についてジークムントは前述の『ナチスの女たち』でも一章をさいているのだが、今回はさらに詳細に多角的に彼女の短い生涯とモーリスについて追っている。

前回との大きな違いは、エミール・モーリスの生い立ちや彼とゲリー(アンゲラの愛称)の別離の後の彼とヒットラーの関係などについても細かく述べてあることである。また、ヒットラーがなぜモーリスとゲリーの仲をさいたのか、ゲリーの自殺の原因は一体何だったのか、前よりもずっと踏み込んで考察してあるので、事件の全体像がつかみやすくもなっている。
ここでこの事件について知らない人のためにかいつまんだ説明をしておくと、ヒットラーの忠実な協力者で、彼と共に刑務所にまで入ったモーリスは、11歳も年下のゲリーと恋に落ち、密かに婚約する。だがそれを知ったヒットラーは烈火の如く怒り、2人の婚約を解消させただけでなく、ナチ親衛隊の初代隊長まで勤めたモーリスを党から追放してしまう。この措置に腹を立てたモーリスはヒットラー相手に裁判を起こして退職金という名目でいくばくかの金を受け取り、それを元手に時計屋を始める。(元はと言えば、モーリスは時計職人だったのである。)
その2年後、ゲリーはこれといった原因もないままピストルで胸を撃ち抜いて自殺する。そしてさらにその数年後、ヒットラーとモーリスは和解し、モーリスは再びナチ親衛隊に迎え入れられ、副隊長の地位を得る。その後もヒットラーは何くれとなくモーリスの面倒を見るのだった。

このゲリーの自殺にはいくつもの不明点がある。またヒットラーが彼女とモーリスの婚約を解消させた理由も明らかでないので、そこで様々な憶測が飛び交ったりもしている。しかし著者のジークムントは、数多くの資料の中からヒットラーの婚約反対の理由を見つけ出す。それは、モーリス自身にユダヤ人の血が混じっていたということなのである。(彼の曽祖父がハンブルクの著名なユダヤ人であった。)徹底した反ユダヤ主義者のモーリス自身ですらその事実を知らなかったのだが、ヒットラーはそのことを知っており、それゆえに姪と彼の婚約に対して頑強に反対したのであった。
果たして、ヒットラー自身がゲリーに惚れ込んでいたのかどうかは不明である。だが上記の『ナチスの女たち』のシリーズを読んでみた限りでは、彼は10歳、20歳年下の女性と交際することを好んでいたようなので、ゲリーに恋をしていたというのもあながち嘘ではないかもしれない。ただ、前回紹介されていたヒットラーの手によるというゲリーの裸体像のデッサンは贋物だったそうだ。ジークムントは前回もデッサンの真贋については明言を避けていたが、私はてっきりそれが本物だと信じ込んでいたので今回の新事実には驚いた。だがこれで「ヒットラーがゲリーに恋をしていた」説や「ヒットラーとゲリーとの間に肉体関係があった」説は、多少その説得力を失ったような。

ゲリーの死後ナチスに再び迎え入れられたモーリスは、ヒットラーの特例措置によってナチ親衛隊に再び入隊する。(一般人は祖父母の代まで自分の血筋がアーリア系であることを証明すればいいのだが、親衛隊員は1750年に遡ってまでそれを証明しなくてはならず、この条項にモーリスはひっかかってしまっていた。)さらにヒットラーはモーリス自身だけでなく、彼の兄弟にも例外的にナチ親衛隊への入隊を許可した。
ジークムントの調査によると、ユダヤ人はユダヤ人でも、自分が世話になった者や身近なユダヤ人に対してはヒットラーも非常に寛容だったそうで、彼らとその家族を守ってやったそうだ。(例えば色々うるさい菜食主義者であった彼 が雇っていたお気に入り料理人もユダヤ人女性だったのである。)
多少テーマからそれてしまった感があるが、このように本書の後半ではヒットラーのユダヤ人に対する相反矛盾した姿勢についても触れられており(13章『ヒットラーの周囲のユダヤ人』及び14章『ヒットラーの名誉アーリア人』)、それも中々面白い。

肝心のモーリスはと言うと、ヒットラーとの和解後に別の女性と結婚して子供をもうけ、戦後は刑に服した後、時計職人としてひっそり暮らしていたようだ。過去についてはあまり語らず、1972年に76歳で亡くなったという。
対するゲリーのほうは、その棺がウィーン中央墓地の臨時墓所に安置された後に墓所使用料が滞ったため、集合墓地へと移され、しまいにはどこかに埋められてしまい、今では彼女の墓すら残っていない。

僅かとは言え、ユダヤ系のモーリスがヒットラーにどのように受け入れられたのか、ヒットラーのユダヤ人に対する例外的許容範囲はどこらへんにあったのか等、本書は新しい角度からヒットラー及びナチスを眺められるようにもなっている。また、ゲリーの自死についても、数多くの資料を読み解いて一番真実に近いと思われる仮定を(漠然とではあるが)提示したという点でも、本書の業績は大きいと思う。私の好奇心もかなり満足させられた。
読み甲斐のある本である。
[2004/05/09]

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原題: Des Führers bester Freund
著者: Anna Maria Sigmund
出版年: 2003

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(C) Hana 2004 ウィーン今昔物語