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決闘

探偵猫フランシスシリーズの4作目。いよいよ老化現象が進んでいるらしいフランシスは、しょっぱなから若きライバルに精神的にボコボコ(デコボコ?)にされてしまう。

今回はフランシスがぬくぬくとした室内から、雪が散らつく真冬の庭に放り出されてしまうところから始まる。同居人間のグスタフがいきなりヘルシー生活に目覚め、自分の巨体(120kg、あれ130kgだったかも)を棚に上げて、フランシスに食前運動を強いるようになったのだ。仕方なく時間つぶしにあたりをうろつくフランシス。
そんな不愉快な散歩の途中でフランシスは、ある庭園の噴水の蛇口にくくりつけられた同族の死体を発見するのだ。そしてそこから逃げるようにして走って行く人間のような者をもちらと見かける。好奇心に駆られたフランシスはその後を追おうとするが、その前に若くてちゃらちゃらした雄猫アドリアンと前々からフランシスが憧れていた雌猫ファブロウスとその女友達2匹に出会う。彼女たちにいい格好を見せようと猫の死体を前に自分の推論について滔々と語るフランシスだったが、頭脳明晰なアドリアンに完膚なきまでに論破され、しなびた半ボケ老猫扱いされてしまうのだ。

しょっぱなから散々なフランシスである。またこのアドリアンの生意気なこと。
しかしフランシスはめげない。あちらこちらをうろつき、さらなる恥の上塗りを続けながら、少しずつ事件の核心に近づいていく。どうやら、ファブロウスは熱心な動物愛護団体に所属し、暗い過去を持つアドリアンの飼い主と戦う立場にあるようなのだ。しかしである、ファブロウスの名前をよくよく見てみると Fabulous、つまり Fabel (英語では fable)や Fabulant といった語から派生した単語なのだ。今まで気づかなかったのだが、どうやらピリンチもローリング女史と同じように時々登場人物にそれらしい名前をつける作家だったようだ。
Fabulous は、この場合二通りに解釈できる。「嘘つき」と「想像上の生き物」というような意味である。対するアドリアン (Adrian) は元々織物の名前 (Adria) に由来しているようだ。ここではアドリアンの美しい毛皮と織り物が連想されているようにも思えるが、アドリアンという名前にはそれほど大した意味はこめられていない。つまりストーリー展開とは裏腹に、登場猫物の名前の裏にしょっぱなからピリンチの意図が隠されているのである。
憎い演出である。

今回はまたピリンチが初心に戻ったのか何なのか、フランシスシリーズ第一作、『猫たちの聖夜』のようにSF色の比較的濃い作品となっていた。テーマも『猫たちの聖夜』のテーマをふくらませたようなものになっているが、内容的には両者とも全く違う作品なのでそれぞれ違った面白さを楽しめる。
また一作目から順に読んでいくと、ピリンチの文章及びストーリー展開が洗練されてきているのがよくわかる。特に『猫たちの聖夜』では、フランシスが似たような夢を何度も何度も長々と見る場面があったり、その次の『猫たちの森』では迂遠な状況描写が続くせいで読んでいるこちらがだれてきてしまうようなことがあったが、三巻『犬に御注意!』と四巻の本書はスマートに読み易く書かれているように思えた。ただあまり読み易いと、ピリンチの作品が悪い意味で大衆文学化してしまってその魅力(特に表現の豊かさ、ユニークさ及び語彙の豊富さ)が薄れてしまうような気もして、ちょっと不安なような複雑な気分である。

さて肝心の内容のほうであるが、最後は相変わらず微妙な終わり方であった。しかし「悲観主義の中の楽観主義」ともいうべきピリンチの姿勢に救われるような気もした。これが毎回毎回パトリシア・ハイスミスのような最後を読まされるのであれば精神的に参ってしまいそうであるが。
今回は悲劇の人物(=事件の立役者)が読者と馴染むひまもなく現れて自滅してしまうので、私としては彼に感情移入する余裕もなく本を読み終わってしまい、泣かずに済んでほっとしたというようなところである。アドリアンも頑張れ。彼には次回作へも是非登場して、その健在ぶりをアピールしてもらいたい。
ただ、推理小説としては突飛過ぎるかなという展開でもあった。これじゃ読者は謎解きできないだろう……。推理作家としてのピリンチが、ストーリー展開及び文章スタイルを含めて、これからどういう方向に向かっていくつもりなのかそれも気になる終わり方であった。

(今回微妙な隙間があいていますが、気になる方はその部分を、マウスをドラッグして色を反転させて読んでみて下さい。ちょっと微妙なことが書いてあります。)
[2004/07/14]

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原題: Das Duell
著者: Akif Pirinçci
出版年: 2002

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