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病理・解剖博物館写真集

以前ウィーンの美術館・博物館情報の項で紹介したウィーンの病理・解剖博物館の展示物を写真集の形でまとめたのが本書である。私はかつてかの博物館に2度足を踏み入れ、2度とも気持ち悪くなって逃げ出してしまったのだが、先日本屋でこの写真集を発見したため、中身が気になって図書館から本書を借り出した次第。(写真集を何千円も出して買う気にまではなれなかったもので。)
ちなみに病理・解剖博物館の標本集は、最近世界のあちこちを行脚しているグンター・フォン・ハーゲンス博士主催の『人体の不思議』展とはかなり違う。『人体の不思議』展で展示されている標本は身体の中身をさらされているとはいえ、普通の体つきの「きれいな死体」である。しかし病理・解剖博物館の標本は奇形胎児のホルマリン漬け、奇形児やシャム双生児の骨格標本、性器や顔の腫瘍、癩病や性病や結核による骨格や体のあちこちの変形模型などが主なのだ。私のように気の弱い人間は、そんなものを見ているとフラフラしてくる。(尤も私は『人体の不思議』展でも気持ち悪くなって途中退場してしまったのだが。)

本書のページをこわごわめくっていくと……、現物ほどの迫力(?)はないがやはり特殊な写真の数々が並んでいる。最初は病理・解剖博物館が入っている気狂い塔の歴史についての解説、それに続いて解剖の所見、瓶詰め標本、骨格標本、蝋・石膏模型、動物標本、告示状、アンティークな顕微鏡コレクションの順に写真が載っている。
ただ読者と現物の間にカメラという媒体が介しているからなのか、それともカメラマンの腕がいいからなのか、実際に見ると「ウェップ」と気持ち悪さをまず感じる標本が写真では、不思議な静謐さのような、ある種の美しさのような、独特の雰囲気を湛えた「別種の何か」になっていた。だからといって写真を飽きずにいつまでも眺めていることが可能なわけでもなく、時間が経つにつれて写真の持つ「何か」はどこかに飛散していき、あとにはクラクラした頭を抱えた自分だけが残る。

それなのになぜわざわざ写真に見入ってしまうかと問われれば自分でもよくわからない。ただ人体の不思議展でもそうだったが、ああいった種類の死体や(所謂)グロ画像というものには、私自身が所詮は肉の塊に過ぎないのだと感じさせる強烈な何かがあって、惹き込まれてしまう。

馬に蹴られて下顎をまるまる失った男性の顔模型(これが精巧な出来で、本物と遜色ない)とそのホルマリン漬け顔(顔の前半分だけ切りとって瓶詰めにしてあるので、虚ろな目を半分閉じた顔がグンニャリと瓶の底に沈んでいる)、又は癩病、性病、癌などに冒されて元の顔がわからないくらい引きつれたり、変形したりした標本模型を見ていると、嫌悪と恐怖の念を感じると同時に「一体この人たちは病気になりながらどんな人生を送って、どんな死に方をしたのだろうか……」と余計なことまで考えてしまい、ますます夜眠れなくなった。巻末に、由来がわかっている標本についてはちょっとした解説がつけられているのだが、それもメモ程度の説明で詳しいことはわからない。その他、幾多の奇形胎児を産んだ母親たちはそれが標本にされてしまうことに同意していたのか、それともそんなこと知らぬうちに標本は勝手に作られたのか。そんな瑣末なことも気になって仕方がなかった。
ちなみに、下顎を無くした男性は顎を失って後10年間も生きたそうである。自分では物を噛むことができないので、誰かが噛んでくれたものを食道に流し込んで生き続けたのだろうという話だが、いやはや何とも……。

表紙は、頭が2人分の大きさで顔はひとつ、胴体ふたつに手が3本、足4本のシャム双生児骨格標本の写真であった。不謹慎だが、それが映画のエイリアンとそっくりで、あのモデルはもしかしてここにあったのか、などと思ってしまった。

それから忘れられないのが、鼻から両眼窩まで大きな穴があいてしまっている頭蓋骨。
ある靴職人の徒弟が親方に頭をぶん殴られて以来、少し目玉が飛び出し、鼻が腫れ、知能が低下してしまったそうなのである。またその殴打が原因なのかどうかは不明だが、骨が腫瘍に冒され次第に上顎の骨も眼窩も溶けて(?)しまい、顔全体の骨に大きな穴があいてしまった。この徒弟、最後は失明し、呼吸もままならなくなって死んでしまったそうだが、その後も珍しいケースだと頭蓋骨が標本として博物館に残されたのだそうである。

写真を見ているだけでも気が滅入ってくるが、解説を読むともっとイヤな気分になることも多々あった。
だがこの写真集を知人に見せたところ、「こういう医学的な標本集はインターネットのグロ画像と比較にならない」(ま、比較の対象もアレだが)と一蹴されてしまった。よって、ある種のグチャグチャさに慣れた人にはこの写真集も大してショックなものではないらしい。

巻末に載っている一番最後の写真は、博物館の陳列棚に三毛猫がちょこんと座っている写真で、最後だけちょっぴりほのぼのできた。

(この写真集の需要があまり多くはないであろうため、日本のアマゾンもドイツのアマゾンも本書を取り扱ってはいないそうである。)
[2004/02/29]

原題: Das pathologisch-anatomische Bundesmuseum im Narrenturm des Alten Allgemeinen Krankenhauses in Wien
著者: Ernst Hausner (ハウスナー)
出版年: 1998

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