HOME > 書評目次 > ミンナとリヒャルト・ワーグナー ‖ 読書の記録

ミンナとリヒャルト・ワーグナー

リヒャルト・ワーグナーの妻と言えばその後妻コジマ・ワーグナーが有名だが、本書は30年間彼と連れ添った最初の妻、ミンナ・ワーグナーとリヒャルト・ワーグナーの関係に焦点を当てている。

貧しい職人の家に生まれ、食うや食わずの生活から抜け出すために舞台女優となったミンナは少しずつ成功を重ねていき、当時の女性としては珍しく経済的に自立した生活を送るようになる。しかし病的に嫉妬深いリヒャルトに出会い、その懇願に負けて結局は女優という職業を諦めて家庭に入ることを決めるのだ。
多分そのせいであろう、ミンナはリヒャルトに対しても全面的に服従したりはせず、常に対等のパートナーとして彼をサポートし続けた。そして2人の結婚生活の中で何度か訪れた危機の際にも、自分の立場を主張し、リヒャルトの彼女に対する不当な振る舞いをそれと非難するという姿勢を貫いた。しかしリヒャルト・ワーグナーは自分に絶対服従し、何があっても慈母のような愛を捧げ続けてくれる女性を必要としていたのだ。そこに2人の悲劇があり、(リヒャルトがひき起こした)数度の危機に耐えきれずに結婚生活は破綻してしまう。

30年にも渡るその過程を著者のリーガーは膨大な量の書簡や伝記から再構成し、本書にまとめている。特に手紙からの抜粋が非常に多く、辟易させられたことももあったが、それによって2人の心情や考え方の相違にはっきりとした光があてられ、次第に冷えていく2人の関係が的確に描写されているという点は否めない。

ただ残念だった点は、本書がただの「伝記」に終わってしまったこと。女性音楽史(音楽女性史?)を専門とするリーガーは、歴史の陰で女性が西欧音楽に果たした役割/果たせなかった役割に初めて光をあて、新しい研究分野を掘り起こしたパイオニアでもある。その彼女がコジマではなくミンナ・ワーグナーに注目し、独特の視点からミンナがリヒャルト・ワーグナーの創造にどれだけ寄与したのか、どういう影響を与えたのか、これまで見過ごされてきた側面を読者に明かにしてみせてくれるのだろうと私は期待していた。(実際著者は前書きで、ミンナが夫の創作活動に果たした直接的な影響について随分強調している。)ところがそういった点については表面的・間接的にしか触れられず、本書はミンナとリヒャルトの現実生活と精神的離反の過程を描くことで終わってしまっていたのだ。
そういう意味では、先日読んだ『ナンナル・モーツアルト』と随分内容的に差がある。『ナンナル・モーツアルト』では、(アマデウス・モーツアルトの姉である)ナンナルの生涯についてだけでなく、彼女をめぐる時代の制約や音楽と女性の関係についても非常に詳細に踏み込んで描かれていたが、今回はそれが明かに欠けているのだ。そこにはナンナル自身が(当時の女性としては)高度な音楽教育を受け、音楽の才能にも恵まれていたのに対し、ミンナは音楽に対して大きな興味や関心を持ってはいたものの、自身が直接音楽に関わっていたわけではないという事実も関係しているのかもしれない。だがそれにしても、リーガーほどの研究者ならミンナ・ワーグナーがその夫の音楽にどういった影響を与えたのか、もっと具体的に詳細に分析し、提示してみせることが可能だったのではないだろうか?

それと同時に、リヒャルト・ワーグナーに最も深く関わった2人の女性、ミンナとコジマの性格や姿勢をもっと詳細な形で比較するわけにはいかなかったのだろうか? その違いを一言で言えば、コジマが家庭と(一時的には)子供をも捨ててワーグナーの元に走り、彼の求める「絶対服従」を身を挺して明かにしてみせたのに対し、ミンナは上述の通り自分を夫の対等なパートナーとして考えていたところにある。だがリヒャルト・ワーグナーに対する献身という点でそれぞれの姿勢がどのように異なっていたのか、何が男性ワーグナー伝記作家をしてコジマをそれほど高く評価せしめたのか等々、最終章でもう少し紙面を割いて具体例を挙げて欲しかったようにも思う。

本書はハードカバーで450ページ近い大作で、尾註に至っては900以上もつけられている。それが単なる伝記に終わってしまったのは残念だが、これを踏み台に著者によるさらなるワーグナー(をめぐる女性)研究が進むことを願いたい。
[2004/07/25]

参考:プレッセの書評 Auch die Stiefel geputzt

アマゾン.de へ: Minna und Richard Wagner

原題: Minna und Richard Wagner
著者: Eva Rieger (リーガー)
出版年: 2003

HOME > 書評目次 > ミンナとリヒャルト・ワーグナー ‖ 読書の記録
────────────────
(C) Hana 2004 ウィーン今昔物語