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天才の妻たち

以前この著者の『マリア=テレジアの娘たち』を面白く読んだおぼえがあったので、今回この『天才の妻たち』を図書館で見かけてすぐに借りてきた次第。『コンスタンツェ・モーツアルト』、『クリスティアーネ・ゲーテ=ヴルピウス』、『コジマ・ヴァーグナー』、『ミネルヴァ・アインシュタイン』、『アルマ・マーラー=ヴェルフェル』、そして『カティア・マン』の生涯が順に描かれている。

これまで自分が何となく抱いていたイメージが突き崩されるのを感じたり、歴史的天才たちのとんでもない一面を見たような気になったり、色々と驚かされることが多かった。
ここで描かれているカップルの全てが実は恋愛結婚したカップルなのだが、最後まで幸せだったのはカティア・マンとトーマス・マンのカップルくらいのものでないかと思う。ただ、トーマス・マンは異性よりも同性に惹かれる傾向があり(カティアに恋したのが不思議なくらい)、だからこそ貞節を守り(?)、結婚後も他の女性と浮気することはなかっただけの話という気もした。あとはみんな恋の情熱が冷めてくると、浮気し放題、それでいて妻は召使を指図しつつ家計をきりもりし、夫の仕事を補佐し、客人をもてなし……と色々尽くさねばならず、読んでいるこちらの胸が痛んできた。カティア・マンにしても、夫と家族に尽くしただけの人生で、それで当の本人が満足だったのかどうかは、疑問の余地が残るところである。彼女自身後に、「私がやりたかっただろうことは、なにひとつ出来なかった (Ich habe in meinem Leben nie tun können, was ich hätte tun wollen) 」と述べてるのだ。

ただモーツアルトについては、資料が少な過ぎて彼が浮気したのかどうか、夫婦の関係がどうだったのか、詳しいことはわかっていない。だが、悪妻というイメージが広まってしまっているコンスタンツェだが、それほどの悪妻でもなかったような……。そんな彼女とモーツアルトも、親の反対を押しきって恋愛結婚したのであった。
冷酷無比なのは、ゲーテとアインシュタイン。ゲーテの方は、長年自分に献身的に尽くしてきた妻が死の床についていると、「死に直面するのが怖いから」という理由で彼女の部屋に足を踏み入れることすらしない。葬式にも参列しなかったそうだ。他方アインシュタインは、大学で知り合った知的で聡明な妻と「できちゃった結婚」したはいいものの、自分が出世していくについれて糟糠の妻を疎ましく思うようになり、色々浮気した挙句に彼女をボロ切れのように捨てる。ミネルヴァ・アインシュタインは彼のために学問を捨てて家庭に入ったようなものなのに、この扱いである。離婚後彼女は統合失調症の次男の治療のために全財産を使い果たし、貧困の中で死んでいく。アインシュタインは我関せず。

一方世紀の天才と結婚し、彼を支えることに無上の喜びを感じ、多少の浮気にも目をつぶって、最後まで二人三脚で行ったのが、ヴァーグナー(日本ではワーグナー)の2人目の妻、コジマ・ヴァーグナーである。彼女は元々ヴァーグナーの弟子と結婚し、3人だか4人の子供をもうけていたのだが(しかし最後に生まれた子供はどちらの男性が父親なのか不明)、長年ヴァーグナーと不倫を続け、結局子供と夫を捨てて彼の元へと走る。そして天才に尽くすことを自分の使命として、ヴァーグナーの死後も彼の名声を守るために働き続けるのだ。
私は本書を読むまで知らなかったのだが、この夫婦は熱烈な反ユダヤ主義者だったそうで、道理でヒットラーがヴァーグナーファンになったわけだと納得。(勿論他にも理由はあっただろうが。)そう言えば1920年代にヒットラーは未亡人となったコジマ・ヴァーグナーにわざわざ会いに行ったそうだ。その当時のなりそこない芸術家としてのヒットラーについても本が書かれているという話なので、そのうちそれも読んでみることにしよう (Winifred Wagner oder Hitlers Bayreuth / Brigitte Hamann)。

本書の中で唯一、気ままに生きて男たちを振り回したのがアルマ・マーラー=ヴェルフェルである。元々彼女は名声に憧れて偉大なる指揮者のマーラーと結婚したはいいが、貞淑で献身的な妻役におさまりきれずに途中で爆発。どうやら彼女は性欲過多(ニンフォマニア)でもあったらしく、当時としてはかなり奔放な生活を送っていたようだ。それでいてサロンを開いて様々な芸術家たちと交流を深め、20世紀初め頃のウィーンの女神(女王様?)のような存在でもあった。

こうやって本書をざーっと読むと、世俗的好奇心がいくらか満たされ、雑学的知識も少しは頭の中に入ってきたような気になるが、あまり読み甲斐のある本ではなかった。何せ1冊の本の中に6カップルもの愛憎と生涯が詰め込まれているので、どうしてもその内容は浅く狭いまま終わってしまう。よってあまり期待せず、世紀の天才たちの私生活やエゴを垣間見るような気持ちでこの本を読んでみるくらいがちょうどよい。
しかし天才というのは、自分だけでなく周囲の人間のエネルギーをも消費してしまう存在なのではないかとも思わされた。それができないと、自分のエネルギーを使い果たして自滅してしまう。本人も辛いだろうが、周囲の者だって大変である。
[2004/05/15]

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原題: Die Frauen der Genies
著者: Friedrich Weissensteiner
出版年: 2001

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