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エマ

分別と多感』、『高慢と偏見』、『エマ』とこれまで3作オースティンの作品を読んできたが、次第に主人公のヒロインの分別度が下がり、軽薄度(?)が上がっていくようなのが面白い。また前2作のヒロインは地味な顔立ちだそうだが、エマは快活な美人らしい。
しかし私にはエマの軽薄さが鼻について、中々本を読み進められなかった。私もエマのように自身満々なお調子者の上に早とちりだった時期があったので、近親憎悪らしき気持ちを抱いてしまったのかも。そういう意味では、19歳という若さで早くも精神的に老成し、理性の塊だったエリノア(『分別と多感』のヒロイン)のほうがよほど共感できた。だが実際には、エマタイプのほうが現実に即した人格設定であるだろうとは思う。

ウッドハウス家の家庭教師であったテイラー女史がやもめのウェストン氏に嫁いでしまってから、エマは心気症気味で何かと神経質な父親と2人きりで暮らしている。父親はテイラー女史とエマの姉のイザベルが結婚してしまったことを何かにつけて嘆いているが、エマは自分がテイラー女史とウェストン氏の仲を取り持ったと自負している。そして次のカップルを成立させようとあたりを見回しているエマの目に、出自は低いが気立てのいいハリエットと、牧師のエルトン氏が留まった。
エマはハリエットを説得して、彼女に好意を抱いていたマーティン氏のプロポーズを断らせると、エルトン氏とハリエットをくっつけようと色々画策する……。

この小説で見事に描かれているのは、複雑な人間関係や恋愛模様だけでない。当時のイギリス上流社会に厳然として存在していた微妙な階級差とそれに対するエマ自身の偏見やダブルスタンダードといったものが、彼女の言動の中に顕著にあらわれているのだ。その描き方がうまい。
一番わかりやすい例が上記のハリエットで、エマはハリエットのように魅力的な女性がマーティン氏のような田舎紳士のところに嫁いではとんでもない!と固く信じこんでいる。ハリエットにはエルトン氏のような、それなりの身分があって礼儀作法を身につけている人間が合うのだ、とエマは友人のナイトリー氏に力説する。だが成熟していて観察眼の鋭いナイトリー氏の意見は、エマのそれと真っ向から対立している。それでも後には引かないエマは、ハリエットとエルトン氏をさりげなく、しかし頻繁に引き合わせて何とかこのカップルをゴールに向かわせようとする。だがそこに大きな誤解が生じていたのだ。エルトン氏のお目当ては、素性の知れないハリエットではなく、裕福な旧家の出のエマだったのだ。そんなエルトン氏に対してエマは烈火の如く怒る。その理由のひとつに、ウッドハウス家ほどの身分でもないエルトン氏が調子に乗って何を勘違いしているのか、ということがある。
つまりエマは、身分の低いハリエットが結婚を機に階級的に上昇していくことを是認し、かつそれを支援してはいても、同様のことをエルトン氏が自分に対して企むことは許せないし、それを大きな侮辱と考えているのだ。

また知的なエマは、自分のよき話し相手であった家庭教師のテイラー女史が去った後、その後釜にハリエットを据えた気配がある。だが知的にも身分的にも、さらには自分に対する自信という点でもエマに劣るハリエットは、気概というものに欠け、全くエマの言うなりなのである。そのハリエットが終盤には(エマのおかげで)少しずつ自信を持ち始め、女性として開花していく。しかしそこで、今度はハリエットとエマの利害関係が真っ向から衝突してしまう。
そこまではいいのだが、そこからのハリエットの行動は性急過ぎて辻褄が合わなかった感が否めない。だが最後にエマとハリエットの関係が多少距離を置いた、節度のある交際に限られてしまうのは仕方がない。元々ハリエットはエマの暇つぶしのような存在であり、2人の関係は平等な友人同士というよりは、ボスとその子分のような間柄であった。またはこれを、ハイティーン(前後)の少女同士の熱烈な友情が青春の終わりと共に(つまり結婚を機に)その魅力と勢いを失い、多少の距離をおいた静かな関係に移行したと見てもいいのかもしれない。

それからエマとハリエットとその相手以外にも、この物語中には様々なカップルが登場する。それが必ずしも身分的に釣り合うカップルばかりではないのだが、そのほとんどは祝福されてゴールインしている。つまり作者のオースティン自身は多少の階級差を気にかけてはいないということだろう。(『分別と多感』、『高慢と偏見』でも身分違いカップルの結婚がハッピーエンドで終わっていることからもそれは容易に察せられる。)彼女が描いているのは、エマ自身の偏見とそこに反映されている当時の世相の一部だけで、メインはその偏見に端を発した失敗を機に成長していくエマの姿となっている。
そのため面白い小道具であったエマの「身分差へのこだわり」がきちんと解決されないまま話が終わっている気がして、残念だった。エマの結論は「身分の釣り合いが大事」なのか、それとも「性格が合っていれば多少の身分違いは許容範囲」なのか、はたまた「玉の輿はいいが、逆玉の輿は受け入れがたい」のか、はっきりしないままである。あるいは「そういうことにあまりこだわらず、全体的に釣り合いが取れていればいいんじゃないの」と、鷹揚になれたということなのかもしれないが。

最後に、これまで読んできたオースティンの作品ではこの『エマ』が一番難解で、まだるっこしかった。まずやたらに会話が多い。その会話の中で個々の登場人物の性格を明らかにさせていくのがオースティンの得意技なのだが、あまりに長い会話を延々と読まされるのには飽き飽きした。それから英語そのものも難しい。私の英語力が貧しいのは確かだが、それにしても複雑な文章が多くて閉口させられた。日本語の抄訳を読めば十分だったかもしれないと、今更ながら思ったりもした。[2004/01/18]

アマゾン.jp へ:エマ(岩波文庫)エマ(中公文庫)エマ(青山出版社)Emma (英語版)

原題: Emma
著者: Jane Austen (オースティン)
出版年: 1815
日本語版
翻訳者:工藤 政司
出版社:岩波書店
または
翻訳者:阿部 知二
出版社:中央公論社
または
翻訳者:ハーディング 祥子
出版社:青山出版社

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