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陪審評決

5月6日にこの小説を映画化した『ニューオーリーンズ・トライアル』を観たのである。それが(期待していなかったのに)あんまり面白くて是非是非原作のほうも読んでみたいと思い図書館から本を借りてきたのはいいが、勿体無くて中々手をつけられなかったものをこのほどやっと読了。

グリシャムの作品を映画化したものはどれもこれもあちこちをちょん切られてつまらなくなってしまい(『法律事務所』、『ペリカン文書』、『依頼人』、『レイン・メーカー』……)、わざわざ映画館に足を運ぶ価値もないような作品に仕上がっていたが、今回の『ニューオーリーンズ・トライアル』は例外だった。よってその原作はどれほど私を楽しませてくれるのだろうかと期待に胸を膨らませながら本書を読んでいったわけであるが、逆に映画に比べてテンポが遅く、まだるっこしいように思った。多分小説だけ読んでいたらそんな印象を受けることもなかったのだろうが、映画の出来があまりによかったので、相対的に小説の評価が低くなってしまった。私の中では映画のほうが原作よりよくできているというケースが稀なので、これにはびっくり。

さて、原作は煙草訴訟をめぐる原告側と弁護側とその訴訟に判決を下す陪審員の攻防を主題としている。主人公の二コラス・イースターは陪審員のうちの一人で、外にいる恋人のマーリーと通じながら訴訟の評決をある方向に持って行こうと色々画策する。

陪審員に外から圧力をかけて評決の結果を左右させようとすることは素人にも考えつくが、はなから評決結果を意図的に導き出そうとする人間が陪審員が主人公として据えられている点が非常に斬新である。そしてその主人公のイースターが徐々にリーダーシップを発揮していき、気に入らない者を次々と陪審員団から追い出していく様は胸がすく。
ただ作品中煙草の極端に強い中毒性について何度も語られているが、煙草の中毒性がそこまで高いものかどうか、疑問に思った。(訴訟を起こす未亡人の亡夫は、30年間に渡って一日3箱の煙草を吸い続けた結果肺癌になり、それでも禁煙できずに苦しみながら死んでいく。また、それ以外にも煙草を止めたくとも止められずに苦しむ者が何人も登場することで、煙草の危険性や中毒性がさらに強調されている。)ひいてはそれが主人公の稀有な活動の動機ともなっているわけだが、それだけを動機としてしまうのは弱過ぎるような……。あっさり禁煙に成功した元喫煙者としては、そこに根拠の弱さを感じたわけである。

これが映画では煙草訴訟ではなく銃訴訟となり、主人公の動機もより明確で確固たるものとなっている。陪審員のメンバーの細かいプロフィールなどはカットされてしまっているが、その分新しいエピソードが追加され、アクションまがいのシーンもあるのでより楽しめた。特に印象に残っているのは、最初のうちに原告側と弁護側が陪審員を11人選んでいく場面。小説ではこの場面はさらっと描かれているだけだが、映画では隠しカメラの向こうで一部始終を観察している弁護側の影の立役者フィッチ(ジーン・ハックマン)が、弁護士に秒刻みで細かい指示を与えながら、なるべく弁護側に有利な陪審員を選ぼうとする。どうってことないような場面なのに、ここはスリルと緊張感に満ちていて圧巻であった。

小説内での主人公カップルは、主人公のくせして実はあまり魅力的でない。十分に金があって、顔もスタイルもファッションセンスもよく、弁口も立つ。凄すぎて凡庸な読者としては逆に共感しにくいし、非常に頭が切れるという以外では、実は無個性な主人公であった。そのカップルを映画ではジョン・キューザックとレイチェル・ワイズが嫌味なく演じていて、好感が持てた。(キューザックは美男子ではないだろうと個人的には思うのだが。)また話がテンポよく進んで行くし、この2人の性格や財布の中身などについては深く語られないので、細かいことを気にせずに楽しめた感もある。

こうやって映画と小説を比較するのも楽しく、色々な意味で楽しめる作品であった。
ただ私は最近のグリシャムの作品は本書と『裏家業』しか読んでいないのだが、ネット上の書評や感想を読む限りではグリシャムの筆が次第に鈍ってきているようなのが気になる。ネタ切れなのだろうか?
[2004/07/30]

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原題: The Runnaway Jury
著者: John Grisham (グリシャム)
出版年: 1996

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(C) Hana 2004 ウィーン今昔物語