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キツネ

『キツネ』表紙 友人に子供が産まれたので、「出産祝いは何がいい?」と尋ねると絵本がいいとのことで何冊か絵本を買いこんだ。本書はそのうちの1冊だったのだが、絵が中々よかったので買ってみて家で読んでみた。……するとその内容が心の琴線に触れるどころか、神経を根元から揺すぶられるようなショッキングなもので、涙腺の蛇口に大ヒット。本を読みながら大泣きし、翌日は二重の目が一重になっていた。(しかしネットでこの本に関する他の人の感想を読んでみても、私のように号泣した人間はいない模様。どうやら私が感傷的に過ぎるようで恥ずかしいが、それでも感想をここに書いておく。)

非常に深い内容の本で、子供よりむしろ大人向きの本でないかとまで思わされた。私が親だったら、この本を子供に読ませるのをためらってしまうかもしれない。「××は何で?」「最後はどうなるの?」と訊かれたら、答えにつまってしまうだろうし、それより何より本を読み聞かせながらまず間違いなく自分が泣くだろうから、恥ずかしいことこの上なし。

ストーリーは、犬が傷ついたカササギをそっとくわえて走って来るところから始まる。

山火事で羽根を傷めたカササギは、もう飛べない体になっている。それに絶望したカササギは「飛べない自分のことは放っておいてくれ」と犬を突き放す。犬だって片目が見えないのだが、カササギはそんなこと飛べないことに比べれば何でもないだろうと、自分の殻に引きこもる。
だが犬はカササギの傍らで待ち続ける。そしてカササギが少し元気を取り戻すと、犬はカササギを背中に乗せて外に出るのだ。そして走る犬の背中でカササギは再び「飛ぶ」という経験をする。「もっと飛んで、もっと飛んで!そして私があなたの目になるから」とカササギは叫ぶのだ。
そんな風にして2匹が仲良く暮らしているところに、1匹のキツネが仲間に入れてくれとやって来る。犬はキツネを快く迎え入れるのだが、カササギはキツネに何か嫌なものを感じる。しかし犬はそんなカササギの不安を気にもかけない。そんな犬の陰で、キツネはカササギに尋ねる。
 「飛ぶってことがどんなだったか覚えている?」

カササギはキツネを嫌悪しながらも、犬と「飛ぶ」ことに幸せを感じなくなっている自分に気づく。そしてある朝、犬がまだ眠っている間にカササギはキツネの背中に乗って、「飛び」に行ってしまうのだ。カササギはキツネとなら本当に「飛ぶ」ことができた。信じられないくらいに速く、遠く、高く。
だが、その飛行が終わると、キツネはカササギを背中から振るい落としてこう言う。
 「これでおまえも犬も1人ぼっちがどんなことかわかるだろう」

キツネはカササギを置き去りにし、絶望のような歓喜のような咆哮と共に消えて行く。
たった独りになったカササギは灼熱の太陽の下で苦しさに喘ぎ、これなら死んだほうがまだマシだと思う。だがその時、カササギは1人ぼっちになった犬のことを考えるのだ。そして犬のところに帰るために、一歩ずつ歩き出す。

救いがあるんだかないんだかよくわからない物語で、非常に切ない。
だが、本の最初と最後のカササギの心は明らかに変化している。羽根の代わりに犬との友情を手にしたカササギは、同時に生きる力をもそこから得ているのだ。1人ぼっちで死にそうになっても犬のところに戻ろうという意志は、冒頭の絶望状態とは比較にならないくらい前向きで勇ましい。
それが僅かな慰めだが、そんなに苛酷な状況でカササギが長く生き延びられるわけもなく、犬とカササギの再会はまずないだろう。犬もカササギもそれじゃあんまりに可哀想なのである。

だがキツネも単なる悪者として描かれているわけではなく、ある意味犬とカササギよりずっと惨めな存在である。愛情や友情を信じられず、それを試して壊してしまう。だが、犬とカササギの関係を壊したところで、キツネ自身が幸せになれるわけでもなく、その関係がキツネの誘惑を撥ね付けたとしても、キツネは満足できない。
事実、キツネはカササギを誘惑して勝ち誇りながらも絶望している。

この三角関係は色々に解釈することができるだろうが、それより寧ろ、根源的なテーマをギリギリまで凝縮し、子供にも理解できるようなシンプルな形で表現してみせた著者のワイルドの感覚が素晴らしいと思う。その簡潔さゆえに、登場動物の感情や各シーンの雰囲気が本から直接、強烈に伝わってくる。
またブルックスの絵が文章と同じくらい個性的で、生き生きとしているのだ。荒々しい線が独特の雰囲気を描き出している。私が一番好きなのは、カササギを背中に乗せ、口を開けて笑っている犬。なんて幸せそうなんだろうと、こちらまで笑みがこぼれてしまいそうになる。キツネの背中に乗ったカササギの高揚感も画面いっぱいに描かれている。

この絵本は、2001年のオーストラリアの絵本大賞を受賞したそうだが、さもありなん。
だが上にも書いた通り、子供だけでなく大人の鑑賞にも十分堪え得る本なので、是非多くの大人に読んでもらいたい。寧ろ元気な子供より、現実に疲れちゃった大人のほうがこういう本を必要としているんでないかとも思ったり。
[2004/04/18]

その他、フリーライターの戸部かよこさんという方が書かれた書評: キツネ

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原題: Fox
著者: Margaret Wild (ワイルド・文)と Ron Brooks (ブルックス・絵)
出版年: 2001
日本語版
翻訳者: 寺岡 襄
出版社: BL出版

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(C) Hana 2004 ウィーン今昔物語