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越境

普段読んでいる新聞の日曜版の書評で大絶賛されていた小説なので、読んでみた。
イギリスで10年ほど前に2人の少年が幼児を殺害した。その後何年も経ってからこの2人が全く別の名前を得て釈放されることが物議をかもしたのだが、それをヒントに書かれた小説がこの『越境』である。

主人公の児童心理学者、トム・シーモアは妻と川辺を歩いている最中に、見知らぬ青年が川へ身投げする場面に遭遇する。身を挺して青年を救ったトムだったが、後でそれが、10歳の時に近所の老女を殺害した少年、ダニーであることに気づく。その時に今はイアンと名乗っている彼の精神鑑定を引き受けたのがトムだったのだ。ダニーのことを思い出したトムに、ダニーは彼のカウンセリングを受けたいと懇願する。
だが、当時のダニーに善悪の区別が明確についていたと証言したトムのせいで有罪判決を受けたことを、ダニーは今でも恨んでいる風である。それなのに一体なぜダニーはトムのカウンセリングを受けたがるのか? そしてトムの目前で入水したのは偶然だったのか、それとも意図的なものだったのか?
謎が謎を呼び……。

他のインターネット書評でも指摘されていたが、『越境』という題はいかがなものか。原題の『Border Crossing』は確かに「境界を越える」という意味だが、それは心の中の境界なのである。それが日本語の『越境』だと地理的な境界線を越えのイメージを喚起し、本の内容にそぐわない題名になってしまったような気がした。

さて本の中身であるが、私は「少年が犯した殺人」、「精神鑑定」、「心理学」、「心の境界線」……などというキーワードから、本書がサスペンスのようなスリルに富んだ小説だと思っていたのだが、だいぶ趣の違う話だった。
この小説のテーマは殺人事件の理由やその後の事象や被害者家族や加害者、関係者らの心の内などという普遍的なものではなく、ダニーその人の特殊な性格なのである。ハンサムで頭のよいダニーは、人を惹きつけることに長けている。そして少しずつ少しずつ相手の心を自分に開かせ、その境界線を自分の方向に向かって越えさせる、それが本の題になっている「越境」なのだ。
接触のなかった空白の数年間のダニーの様子を探っていく中で、トムはダニーのその「特技」を発見して警戒心を強める。その一方で、ダニ−はトムにどんどん近づいてくる。そして……。

「いつ何が起きるのか……」と最後まで期待しながら読んでいったのに、結局大したことは起きず、空振りしてしまった気分である。もうちょっと何かアクセントをつけてくれてもよかったような。それからトムの家庭の事情と小説の主題との繋がりも読みとれず、そこまで延々とトムの鬱々とした気分を描写する必要があったのか、それもちと疑問に思った。

アクションや緊張感を期待すると失望させられる可能性の高い小説である。これはもっと静かで陰鬱でモヤモヤした話なのである。
[2004/04/30]

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原題: Border Crossing
著者: Pat Barker (バーカー)
出版年: 2001
日本語訳
翻訳者: 高儀 進
出版社: 白水社

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