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パイの物語

『パイの物語』表紙 友達にもらった本。右に載せてある表紙の絵がとても魅力的で、それにつられて読み始めた。
小船の上に一匹のトラと(一見)黒人の男の子が寝そべっている。そしてその船を取り囲むようにして亀、サメ、トビウオ(?)……など様々な海の生き物が泳いでいるのだ。それを見た私は、男の子とトラの友情物語のような御伽話風ストーリーを予想したのだが、それが全く違った。それに男の子は黒人でなくてインド人である。それが漂流し、飢えて痩せ細り、日に焼かれて真っ黒になってしまったのだ。
この男の子が、タイトルにも名前が出ている主人公のパイである。本名はピシン=モリター・パテル。彼はインドのポンディシェリに住む15歳の男の子で、父親はポンディシェリ動物園の園長をしている。

本書は三部構成になっているのだが、第一部ではこのパイのインドでの生活が語られる。ファッションや異性や芸能界より、若きパイの関心は宗教に向いており、カトリックとヒンズー教とイスラム教の三種の宗教をパイは同時に学ぼうとして、両親を困惑させたりする。また、父が営む動物園の様子や動物の習性についてもパイは情熱的に語る。ヤギたちと共に暮らすサイについて、チューリッヒ動物園から逃げ出したヒョウについて、サーカスの動物曲芸の原理について……。
これらが二部への伏線としてあとで生きてくるのだが、それにしても第一部のストーリー展開は多少冗漫で退屈である。

しかしそこをこらえて読み続けていくと、第二部の50章を過ぎるころから話が俄然緊迫感を帯びてくるようになる。(本書はきっかり100章から成っているのだ。)
インドが政情不安に陥ったため、パテル家はカナダに移住することを決意する。そして日本の貨物船 Tsimtsum 号(チムツム?こんな日本語ないだろうと思っていたら、どうやらこれは『ツシマ丸』のことらしい)に乗り込むのだが、そのツシマ丸がフィリピン沖あたりでいきなり沈没してしまう。パイは両親と兄を失い、たった1人で救助船に乗って太平洋を漂う羽目になる。……ところだったのだが、どういうことか救助船にベンガルトラとハイエナとシマウマとオランウータンまで乗って来た。そこでまずハイエナがシマウマを食べ、オランウータンを殺す。そしてそのハイエナをベンガルトラのリチャード・パーカーが食べてしまう。
恐怖とショックからただただうずくまってじっとしていたパイだったが、飢渇感が死及びベンガルトラへの恐怖を上回った時、どうにかしてリチャード・パーカーを手なずけて生き抜こうと決心を固める。

この動物の殺し合いシーンが中々凄惨なのである。例えばシマウマは最初ケガした足を一本ハイエナに食われ、その後生きたまま腹から食べられていく。こういったシーンを残酷だと非難している人もいるようだが、どんなものか。著者のマーテルは、本書のような例外的状況の中で動物たちがどのように行動するだろうか、ということを実に現実的に、まるで自分で実際の場面を見てきたかのように語っていて、私は逆に感心してしまった。
パイの本領はその後から発揮される。パイはここで人間の知識と知恵と勇気が、肉食動物の盲目的残忍さに勝ることを身をもって証明してくれるのだが、それが上記のスプラッタシーンとの鮮やかな対比となっているようにも読める。

沈思黙考の末、パイは救助船内でベンガルトラを殺すという無謀な考えを捨て、自分がサーカスの動物使い役を演じることでリチャード・パーカーより優位に立とうとする。ちょっと専門的に言うと、パイは「オメガ(非ボス的)」なリチャード・パーカーに対して「アルファトラ」、つまりボストラになろうとしたのだ。救助船内の限りある物資を動物行動学的知識に基づいて効果的に使うことで、パイは少しずつ着実にボスの地位を築いていく。この過程がまた現実的で面白い。オーストリアの動物行動学の父、コンラート・ロレンツもきっと満足するだろうというストーリー展開である。
だがボスは子分にエサもやらなくてはならない。魚を釣ったり、亀を捕まえたりしてリチャード・パーカーを養うパイだが、次第に力尽きてくる。そんな時……。

紆余曲折を経て第二部の最後にパイは救われ(リチャード・パーカーとパイの別れの場面が涙を誘う)、第三部では日本の船会社の社員2人がツシマ丸沈没の理由をつきとめるためにパイにインタビューする。が、その会話が妙にずれていておかしいのだ。いずれにせよ、この日本人社員はパイの話を信じようとしない。そこでパイはふたつ目の、ベンガルトラ抜きのより現実っぽい漂流物語を語る。
この第二バージョンの物語をどう解釈するのかは各人によって違ってくるだろうが、私は「事実は小説より奇なり」とまず思ってしまった。ま、この「事実」も小説内の事実に過ぎないのだが。またふたつの話にはいくつかの共通点もあり、その意味がわからなくて私も2人の日本人社員と共に首をひねってしまった。それは作者マーテルの読者への置き土産(?)ということか。

私にとって、この本の一番の魅力はパイの強さ、賢さと共に、上にも何度か書いたが、「例外的状況の中で描写されている動物の行動パターンの現実味」というものがある。フィクションの中にノンフィクションが混ぜ込まれ、その割合が絶妙なのだ。そういう意味で、第二部の終盤はフィクションの部分が大きくなり過ぎた感もあったが。
しかしあのコンラート・ロレンツだってこの状況下ではパイほど的確には行動できなかったんでないかな。相手がトラでなくて犬に近いハイエナだったらロレンツのほうに分があったかもしれないけれど。
[2004/04/19]

アマゾン.jp へ: パイの物語Life of Pi (英)

原題: Life of Pi
著者: Yann Martel (マーテル)
出版年: 2002
日本語版
翻訳者: 唐沢 則幸
出版社: 竹書房

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