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リンボウ先生のオペラ講談

前回読んだ『リンボウ先生遠めがね』の『声の修練』の章によると、先生は最初謡曲を稽古されていたのである。その後西欧歌曲の魅力に取りつかれた先生は今度は声楽の練習を始められたそうだが、結局目標にされていた独唱会を開くことができたのだろうか?そこらへんは定かでないが、このたび先生は初心者向けにオペラのストーリー解説本を書かれた。それが本書である。

実は私、音楽の本場ウィーンに何年も住んでいるくせにオペラ観劇をしたことがない。それには、元々音楽にさほどの興味を持っていないこと、可憐な少女の役をでっぷり太ったおばさんが演じるのでオペラなんてちゃんちゃらおかしいという意見をどこかで耳にして以来オペラに対して偏見を持ってしまったこと、貧乏でオペラ観劇なんてできそうにないこと(立ち見なら貧乏でも出来るが、そこまでの情熱もない)、オペラなんて堅苦しくて退屈そうだと信じている……などの理由が挙げられるが、本書を読んで俄然オペラへの興味と好奇心がかき立てられた。

まず、題に「講談」とある通り、先生の語り口が軽妙でコミカルなのだ。それがまず私のように無知な読者の「オペラは肩が凝りそうなほど難しい」というコチコチの偏見をいくらか消し去り、「先生がそんなに面白く語ってくれるなら、取り敢えず本だけでも先を読んでみるか」という気にさせてくれる。
第1章はモーツアルトの『フィガロの結婚』について。私はフィガロが男だか女だかも知らなかったのだが、このたびフィガロが男だということを知っただけでなく、なんだかはちゃめちゃな粗筋についても先生の語り口につられてささ〜っと読んでしまった。先生の解説によると、オペラっちゅうものは首尾一貫したストーリーというものにわりに無頓着で、細かい事情を無視して無理矢理大円団(或いはクライマックス)に持っていくものが少なくないらしい。な〜んだ、オペラってわりといい加減なのね、とここでもひと安心。

またところどころに入る合いの手のような先生のコメントも面白い。カルメンのホセをストーカーと称したり、椿姫のアルフレードを能天気とやっつけたり、オペラ・ブッファ(喜劇オペラ)を「志村けんのバカ殿シリーズに音楽つけてやってるようなものですので」(85〜86ページ)なんて形容しちゃったり。私の中に厳然と存在していたオペラの威厳のようなものが、リンボウ先生によってどんどん崩されていってしまう。

しかし本書の魅力は、面白おかしい語り口だけではない。何だかんだ言いながら、各音楽家の特長や、そのオペラが作曲された時代の音楽傾向、原作についてなども、初心者向けにわかりやすく解説してくれているのだ。よくわからんが、ロッシーニは技巧的な装飾オペラアリアを多く作曲したなんてことを読んで、調子に乗りやすい私はオペラを一作も観劇しないうちからちょっとした通の気分にひたったりもしてしまった。

ただひとつだけ重箱の隅をつつくような指摘をさせていただくと、第6章のトスカの舞台背景についての文章が「南部ナポリ王国のフェルディナンド四世の妃マリア・カロリーナは、オーストリア女帝マリア・テレジアのが政略的にここに降嫁してきたもので……」(296〜297ページ)となっているが、これはの間違いであろう。2週間前に『ハプスブルクの女たち』で彼女については読んだばかりだったので、その小さなミスに気づいた次第。
しかしそのマリア・カロリーナが、(題しか知らなかったが)オペラのトスカに関わっていたとは……。無知な私はそんなことにもいちいちびっくりしてしまう。

しかし元々音楽より活字がずっと好きな私は、本書を読んでオペラを観た気になって満足してしまった感もある。少しオペラに近づいた気にはなれたが、オペラを聴くのも観るのもやっぱり億劫な気がするので、是非リンボウ先生にはオペラ講談の第2弾を執筆していただきたい。そしてまたリンボウ流活字オペラを堪能しようではないか。
リンボウ先生はオペラの魅力を世間に知らしめようと本書を書かれたのだろうが、「文章を読むのが楽しくて、もうオペラ観なくても十分楽しめたわ」という人間が私以外にもいるんじゃないかと密かに考えてもみたり。オペラの入門書が面白過ぎるとこういう弊害も出てくるのだ、きっと。
[2004/02/25]

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原題: リンボウ先生のオペラ講談
著者: 林 望
出版年: 2003

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