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気狂いヨハンナ

そのものズバリな題だが、タイトルを直訳するとこうなる。
本書は、『ハプスブルクの花嫁たち』で描かれていた3人目の花嫁、スペインのカスティリア女王イザベルとアラゴン王フェルナンド二世(あの有名なコロンブスを経済的に支援して新大陸を発見させた夫婦)の間に生まれたヨハンナ(スペイン名ファナ)についての伝記である。彼女はオランダで生まれ育ったハプスブルク家のフィリップ一世の元へと嫁ぐ。だが、スペイン王家の唯一の跡取り息子であったファン(=ヨハン)が亡くなり、ポルトガル王に嫁いだ長姉イザベルとその息子も亡くなってしまうと、王と女王亡き後のスペイン継承権がこのヨハンナとフィリップ夫妻のところに転がり込んでくる。
しばらくしてカスティリア女王イザベルが亡くなると、まず2人はカスティリアの支配者となる。だが、ヨハンナの父フェルナンド二世はこれによって統一されつつあるスペインがまた分割されてしまうことを危惧し、何とかカスティリア継承権を自分のものにしようと画策する。そのゴタゴタの最中に突然フィリップ一世は病死し、残されたヨハンナは数ヶ月後に父によって幽閉されてしまう。しかしその数年後にはフェルナンド二世自身も亡くなり新たなスペイン継承者として、オランダからヨハンナとフィリップ一世の長男カール五世がやって来る。しかし母の顔を見ずして育ったカール五世も、富と権力のことしか頭になく、母を騙すようにしてスペインの支配権を手に入れると、そのままヨハンナを幽閉させ続け、結局彼女は死ぬまで50年近くもの歳月を囚人として過ごすこととなったのである。

勿論中世と言えど、仮にも一国の女王をただ幽閉しておくわけにはいかない。ヨハンナは精神的に不安定だという理由から幽閉されたのだが、それが果たしてどこまで本当のことであったのか定かでない。そのため、彼女の精神状態に関しては以下のように様々な説がある。

著者のブラウヴァ−はヨハンナの一生を追いながら、様々な資料を提示して真実に迫ろうとする。結局最後まで確たる事実は現れて来ないのだが、それでも当時の複雑な政情の中に立ち尽くしていたヨハンナの姿が明らかにされ、上記に挙げられている幽閉の理由のどれもが尤もなように思える。
また、スペイン統一がどのように推し進められていったのか、そこに突然入り込んできたハプスブルク家がどういった混乱をもたらしたのか、順を追って詳述してあるので非常に面白く読めた。上にちょこっと書いた『ハプスブルクの花嫁たち』では紙面の関係でかだいぶ端折られており(読み比べてみると、『ハプスブルクの花嫁たち』は本書のダイジェスト版のようであった)、そこで何となくわかったような気になってはいたが実はわかっていなかった部分が本書ではしっかり解説されている。面白かったのは、晩年ヨハンナは女性の看守が自分を非常に虐げると何度も何度も語るという記録が残っているだが、これをブラウヴァ−はヨハンナの妄想だと断じているのに対し、ライトナー(『ハプスブルクの花嫁たち』の著者)はそれを事実だろうとしていること。そういった意見の相違も中々興味深い。
ヨハンナの嫉妬深さは有名で、フィリップ一世の愛人の髪をざっくり切ってしまったり、不実なフィリップ一世に殴りかかったり、果ては侍女を全て自分たちから遠ざけてしまったそうである。またフィリップ一世が亡くなった後も、その棺を運ばせて夜中だけ旅して回り(未亡人に昼間は似合わないからという理由から)、時々その蓋を開けては死後何週間も何ヶ月も経った死体に接吻したり愛撫したりしていたという。そして一度その棺がある女子修道院の裏に置かれた時には、烈火のごとく怒り狂ったとか。さらにヨハンナの女性嫌いは時と共に度を増していったために、女性看守に虐待されているという妄想が生まれたのではないかとも言われているが、ヨハンナの監視を任されて人間がかなり意地悪であったことも確かで、これまた真実は明らかでない。

ヨハンナは半ば狂ってはいたが、半ばは最後まで正気を保っていたのではないかと私には思える。その点で、最後にブラウヴァーが紹介していたプファンドルの「ヨハンナ統合失調説」が一番説得力のあるように感じられたが、ブラウヴァー自身はその説にも疑問を呈していた。そこでは、ヨハンナの息子のカール五世や孫のフィリップ二世の精神状態についても考察されており、彼らを時々襲った無気力状態もヨハンナの狂気と類似のものだったのだろうと推察されているのだが。

真実は永遠に闇の中だが、ハプスブルク家の、そしてスペインの歴史に大きく関わっていた一女性の記録として非常に面白く読める本である。
[2004/04/29]

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原題: Johanna de Waanzinnige
著者: Johan Brouwer (ブラウヴァ− / Christian Zinsser 訳)
出版年: 1940 (独語訳は1995年)

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