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コンラート・ロレンツ

本書は、動物行動学の父で、ノーベル賞を受賞したオーストリアの偉大な科学者コンラート・ロレンツの100回目の誕生年に合わせて出版されたロレンツの伝記である。これまでもロレンツの伝記はいくつも書かれているが、本書は初めてロレンツの一生を包括的に追い、未発表のロレンツの原稿などをも資料にしている。そのため目新しい事実はないものの、特にロレンツの研究やその背後にあったロレンツ自身の思想や経験などがわかりやすくまとめられ、動物行動学について何も知らない素人にも興味深く読める本となっている。また著者の2人がロレンツをなるべく中立的な目で見ようという姿勢から、ロレンツの暗い過去(ナチス政権との関わり、反ユダヤ思想、徴兵先における人体実験的治療への関与など)についても余さず語っている点は大きく評価できるものだろう。さらに公人として、ノーベル賞を受賞した科学者としてのロレンツだけではなく、私人としてのロレンツ、動物を何よりも愛していたロレンツの顔もところどころで描写され、それがまた本書にある種のアクセントを与えている。

私はロレンツの本はいくつか読んだことがあるが、彼自身についてそれほどよく知っていたわけでもなく、「ノーベル賞を取った灰色ガン研究者で、動物大好き人間だが、ナチスと関わりのあった時期もあったらしい」くらいの認識しかなかった。しかし本書を読んでそういったおぼろげな印象に代わって学者として、また、後世に多大な影響を与えた動物行動学の父としてのロレンツ像が明瞭に現れてきた感がある。
特に、当時の思想や時代背景とロレンツの創めた学問との関わりや、大きな反響を呼んだロレンツの著書などについて本書は紙面の多くを割き、動物行動学がどのように興り、どのような過程をたどってひとつの学問として認められるに至ったのか、ロレンツがどのような偏見や宗教観と戦わねばならなかったのか、などといった問題について順を追って詳述しているので非常に興味深い。またロレンツがナチスの思想に大きく共感し、あまつさえナチに入党してしまったという事実を、著者はロレンツ自身の政治感覚の欠如や反ユダヤの感情以外に、動物行動学を何としても広めようとしたロレンツの情熱に帰結させている。特にドイツに併合される前のオーストリアにおいて、ロレンツはカトリック教理にこだわる国民党政府を相手に進化論に基づく新しい学問を興すことに非常に苦戦し、同様の学問が次々に助成されていくナチ政権下のドイツを横目で見ているばかりだったのだ。そのナチ政権がオーストリアを併合した瞬間、ロレンツは動物行動学の未来をナチスに見てしまったというのだ。戦後、ロレンツはナチに共感した事実は認めても、入党した事実は一貫して否認した。そして時には大きな批判にさらされながらも、学問における多大な功績を認められてノーベル賞を受賞したのである。

しかしナチスとの関わりを非難される一方で、ロレンツを支持する学者の中に少なからぬ数のユダヤ系学者がいるらしいことにも注意を惹かれた。(反ロレンツグループの中にもユダヤ系学者がいたのかもしれないが、本書ではそこまでは言及されていなかった。)それがロレンツの人柄によるものなのか、それともその研究の卓越した内容に感銘を受けたのか、そこまではよくわからないが、面白い現象である。
人柄といえば、ロレンツは本書のあちこちで「グレートファーザー」と評されているが、その寛容さ及び優しさは特にソ連軍の捕虜になった時期には多く戦友を励まし慰め、勇気づけただけでなく、同時に医師として多数の捕虜の命を救いもしたという。(ロレンツは父の命に従い、ウィーン大学でまず医学を学んだのである。)
時に非常に反ユダヤ的な攻撃的な態度を取っていたロレンツと、慈父のようなロレンツが私の中でうまく繋がらないのだが、それこそが人間ロレンツたる所以であろうか。

その他、ロレンツの代表的な著作『人イヌにあう』、『ソロモンの指環』などについてもふれられているが、特に『攻撃――悪の自然史』に本書は1章を割いている。1963年に素人向けに、動物及び人間の攻撃性についてまとめたこの本は、国の内外に大きな反響を引き起こした。ロレンツは動物の攻撃性から人間の攻撃性へとテーマを導いていき、最終的に、自然に備えられていた本来の攻撃性をはるかにしのぐ大きな殺傷能力を秘めた武器というものを発明してしまった人類に警鐘を鳴らす。私はこの本を「なるほど、フンフン」と思いながら読んだだけだったのだが、本書によると『攻撃――悪の自然史』は米ソの冷戦真最中に書かれ、当時偏在していた世界第三次大戦に対する恐怖を代弁していたというのだ。また間接的にではあるが、オーストリアとドイツが共有するナチスという暗い過去に対して生物学的観点から免責理由を示し、過去を乗り越える手がかりをも提示したともいう。
またそれ以外にも、反ロレンツ派の否定意見やロレンツ自身の論拠の弱さなども本書は指摘しているので、本を読んだだけの読者には見えてこない本の全体像が非常にわかりやすくまとめられている。

晩年は研究よりも自然保護運動に身を入れていたというロレンツだが、その政治との関わり、影響力の大きさ、自然運動における成功などについても、著者は丹念に述べている。例えばオーストリアの原子力発電所反対運動のイニシアチブを取り、国民投票で建設されたばかりの発電所をそのまま放棄するよう運動していったののは、ロレンツその人であったのだ。以来、オーストリアには一基たりとも原子力発電所は建てられていない。

本書を読んだだけで「動物学のアインシュタイン」とも言われるロレンツの全てがわかるわけでは勿論ないが、特にその功績及び思想の軌跡については丁寧に掘り起こしてあるので、ロレンツファンにとっては必読の一冊と言えよう。著者2人のこれからの活躍にも期待したい。
[2004/07/19]

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プレッセの書評: Konrad Lorenz: Franziskus mit Parteibuch

原題: Konrad Lorenz
著者: Klaus Taschwer (タッシュヴェア) und Benedikt Föger (フェーガー)
出版年: 2003

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