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ハプスブルクの花嫁たち

本書は2月に読んだ『ハプスブルクの女たち』を書いたテア・ライトナーの著作で、『ハプスブルクの女たち』を補完するような形で書かれている。前(回私が読んだ)作品は、ハプスブルクから外に嫁いで行った女性たちの記録だが、本書は莫大な持参金と共にハプスブルク家に嫁いできた女性たちを描写しているのである。そのため原題は『ハプスブルクの黄金の花嫁たち』となっており、「持参金によって権力の座に」という短文がサブタイトルとしてつけられている。
しかしである、本書で描かれている4人の女性のうち、このサブタイトル通り権力の座に就いた者は1人としていない。むしろ、これは骨までしゃぶり尽くされた女性たちの哀歌といったおもむきの本である。うち例外は、ハプスブルクのスペイン王フィリップ二世と結婚したメアリ・チューダー(=メアリ一世、エリザベス一世の異母姉)だが、彼女はイギリスを治めながらフィリップ二世と遠距離結婚したようなものなので、他の女性たちほどは踏みつけにされずに済んだと言えよう。

第1章では、中世最後の騎士と名高いマキシミリアン一世とその2人の妻について描かれている。(マクシミリアン一世は『ハプスブルクの女たち』の第1章の主人公だったクーニグンデの兄であり、2章の主人公で、後にハプスブルク領オランダの支配を任されたマルガレーテの父でもある。)
そのマクシミリアン一世と最初の妻、マリア・フォン・ブルグントは中世のラブラブロマンチックカップルとして有名なのである。と言うのも、突然父を亡くし、四面楚歌の中立ち往生しているマリア・フォン・ブルグントを婚約者のマキシミリアン一世が救い出し、2人はゴールイン。その後2人の子供に恵まれるものの、マリア・フォン・ブルグントは落馬してあっけなく亡くなってしまう。
……筋書きだけ追うと情緒漂う悲恋のようだが、実は恋気分にひたっていたのはマリアのほうだけで、マキシミリアン一世は花より団子、つまりマリアの持参金としてついてくるブルグンド領とその富裕な財産のほうに関心を向けていた。(何せ当時のハプスブルク家は極貧に喘いでおり、マリアの救援にもすぐには向かえないほどだったのである。)そういった2人の背後関係をライトナーは明確に描き、それによってロマンチックラブの影にひそむ打算が浮かび上がってくる。

しかしそんな夫の意図に気づかぬまま亡くなってしまったマリア・フォン・ブルグントはまだ幸せだったのだろうと思える。後妻のビアンカ=マリア・スフォルツァの運命は過酷である。ミラノの成り上がり貴族の娘だった彼女は、その莫大な持参金に目が眩んだマキシミリアン一世に後妻として迎えられるが、あちこちでマキシミリアン一世の借金の形にと、留め置かれただけでなく、生活費にも困窮するような暮らしを余儀なくされる。ストレスから過食に走った彼女は夫からますます疎んじられ、まだ28歳という若さで病死してしまう。
その間マキシミリアン一世は、愛人といちゃいちゃし、領内を駈け回り、ビアンカ=マリアの実家であるスフォルツァ家滅亡の際にも指一本動かさず、彼女の葬式にすら参列しなかったのである。

次章の主人公で、スペイン王宮からハプスブルク家のフィリップ一世の元に嫁いできたヨハンナの運命はさらに救いようがない。彼女は「気狂いヨハンナ」という異名で知られているのだが、実際には父からも夫からも息子からも裏切られ、狂人という烙印を押されて幽閉されていたに過ぎないようだ。その間実に40年以上。晩年は精神的に混乱していたとの明らかな記録が残っているそうだが、正常な人間でも50年近く小部屋に押し込められ、看守に虐げられ続けていたらおかしくなるのではないか。
同じく数十年も幽閉され続けた中世の貴族女性にメアリ・スチュアートがいるが、彼女は3回も結婚出来たし、自分で直接政治に関わることも出来たし、惨めに自然死する前に威厳をもって処刑されるという機会にも恵まれたし、このヨハンナよりは幸せだったのでないかなと思ったりもした。
ヨハンナお陰でスペインがハプスブルク家に属するはこびとなり、「日の沈まない国」の栄光に浴することとなったというのに、その殊勲者は息子のカール五世だということになっているのも今となっては皮肉な話である。
⇒彼女については伝記『気狂いヨハンナ』の書評も参照のこと。

本書最後の花嫁は上記にもちらと書いた通り、イギリスのメアリ一世である。
積極的な結婚政策で有名なハプスブルク家だが、まさかイギリスとまで繋がっているとは知らなかった。花婿のほうは、2章で母親を犠牲にしたカール五世の息子でスペイン王フィリップ二世で、9歳も年上の姉さん女房であるメアリ・チューダーと1554年に結婚する。当時メアリは既に38歳であった。結婚に至るまでの過程も中々面白いが、3章の紙面の半分くらいを占めているメアリの半生も中々読み甲斐があるものだった。
ハインリッヒ八世の長女として生まれたメアリは、少女時代こそ何不自由のない暮らしを送るが、父がメアリの母で正妻のキャサリン(彼女は2章の主人公、ヨハンナの妹なので、メアリ一世とフィリップ二世は叔母・甥という関係にもあるのだ)と離婚し、愛人のアン・ブーリンとの結婚を企てることから(このアン・ブーリンの娘が後のエリザベス一世である)、その運命は暗転する。メアリは母と引き離されて幽閉され、長い間日陰暮らしを余儀なくされるのだ。このあたりの歴史は非常に面白く、『1000日のアン』(1969)、『レディ・ジェーン 愛と運命のふたり』 (1985)、『エリザベス』(1998)……など、いくつか名作映画もあるので、興味があればそういった映画を見てみるのも悪くないだろう。

いずれにせよ、暗殺や謀殺を免れたメアリに、ヘンリー八世の死後王冠を戴くチャンスが巡ってくる。こうしてイギリス女王となり、さらには年下のハンサム(?)な夫まで手に入れたメアリ一世ではあるが、それほど幸せな結婚生活を送ったようにも見えない。何しろ夫を繋ぎ止めておくために、金や軍隊などを貢いだだけでなく、イギリス国内の平和を犠牲にしてまで(時代に逆行する形で)カトリック化を推進するなど、あらゆる手立てを講じるのだから。
2人の一番大きな目標は子供を得ること。(しかし16世紀の女性が40歳近くになって子供を産もうというのはかなりの賭けであるな。)それが男の子であれ女の子であれ、その子はイギリスとスペイン両国の王冠を戴くことになるという約束が交わされていたのだ。そして「為せば成る」の言葉通りメアリはめでたく妊娠するのだが、いつまでたっても肝心の子供が産まれてこない。結局妊娠11ヶ月(!)頃になって、その話は立ち消えになってしまったらしい。(それが想像妊娠でもないらしいのだが、だとしたら肝心の胎児はどこに消えてしまったのか?それについてライトナーは触れていないのだが、きっと詳しいことは今でもわかっていないのだろう。)
その後彼女は再び妊娠するのだが、出産前に亡くなってしまう。その後を継ぐのがかの有名なエリザベス一世だが、その最初の求婚者がメアリ一世の夫のフィリップ二世だったそうだ。

つくづく中世ヨーロッパに女として生まれてこなくてよかったと思わされる本である。
男は結婚相手が悪妻でも、他に愛人を作ったり戦場に出かけたりと、色々逃げ道があるが、当時の女は男に頼るしかないので、踏みつけにされても耐え忍ぶほかない。またキリスト教は自殺を禁じているために、カール五世の母ヨハンナのような目に遭っても生き続けなくてはならない。(中世日本の武家女性には、幽閉された時点で自死するという選択肢もあったわけだが。)
そういう状況で、結婚せずに(社会的地位が自分より低い)愛人だけをはべらせたエリザベス一世は非常に賢い決断を下したのではなかろうか。夫に恵まれた女性といえば、マリア=テレジアとその娘のマリー=クリスティーネくらいしか思い浮かばないが(それについては『マリア・テレジアの娘たち』を参照のこと)、それくらい幸せな結婚というのは珍しいものだったのだろう。

本書は私の「中世ヨーロッパのお姫様」たちへの最後の幻想を見事に打ち壊してくれた。
[2004/04/18 初 ‖ 2004/05/28 改]

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原題: Habsburgs Goldene Bräute
著者: Thea Leitner (ライトナー)
出版年: 2000

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