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フロイデナウの思い出

フロイデナウとは、ウィーンの遊園地プラーター近くにある小さな競馬場のことである。喜び(フロイデ)の草地(アウ)を意味するこのフロイデナウは、15世紀の初頭から馬上試合の試合場として使用されてきたが、1839年からは定期的に競馬が開催されるようになった。1870年からは様々な建物が建てられ始め、特に初期ユーゲントスティール様式の観客席はエレガントな姿を今日も保っている。


正面から見たフロイデナウ

このフロイデナウの特色は優雅な建物群だけではない。一周が2,800mもあるという競争路が青々とした芝生の上に広がり、その中心には何とゴルフ場がある。この一風変わった競馬場と建物がなすコントラストは他に比類がないもので、そのためフロイデナウはヨーロッパで一番美しい競馬場とも言われている。

ガラガラ観客席から見た競馬場 だが年々このフロイデナウの観客数は減り、今シーズンで競馬場が閉鎖されてしまうことが決まった。一部のフロイデナウ常連客はこの決定に大反対しているものの、多分決定は覆らないだろうというのが大方の意見である。そこで、フロイデナウが消えてしまう前にと、私もある晴れた秋の日曜日にこの競馬場に出かけてきた。

入場料は2.5ユーロ(約300円)。見たところ観客は何百人かしかいない模様である。これで競馬の開催日が月に2〜3度しかないというのだから、フロイデナウ閉鎖も無理のない話であるなと思わず頷いてしまった。観客席はどこもガラガラである。一番はじのふたつの観客スタンドなどは立ち入り禁止になっているが、それでも全然困らない。のんびりしたものである。
また自動券売機などという文明の利器も見当たらなかった。全部窓口で処理している。私は10年ほど前、東京の府中競馬場に一度だけ足を踏み入れたことがあるが、その当時の競馬場ですらフロイデナウの20年先くらいを行っていた気がする。
それから観客の客層も日本の競馬場とは少し様相が違った。競馬新聞を片手に赤鉛筆を耳にひっかけたおじさんたちなどは見当たらず、家族連れや老人同士、カップルなどが日曜の午後を楽しみながら小金を賭けてレースを堪能するといった風で、雰囲気が随分ゆったりしている。また犬の出入りも自由で、至るところに大小の犬たちが飼い主と一緒に競馬を観戦していた。(尤も昼寝をしている犬のほうが多かったようだが。)
マスチフレディ また競馬の開催日にはオーストリアの各地からだけでなく、近隣諸国(ハンガリー、チェコ、スロヴァキア……)からも騎手や馬たちがやって来る。よってフロイデナウの外には馬専用のトレーラーや外国ナンバーの車が何台も停まっていた。右の写真の犬は私たちのベンチの前に寝そべっていた2歳のマスチフレディだが、飼い主はハンガリーからの女性騎手であった。(余談だがこの犬の毛がビロードのようにサラサラで手触りがよく、思わずうっとりしてしまった。この犬見た目はちょっと怖いが、実際にはかなり無関心・無感動・無頓着な犬で思う存分触らせてもらうことができた。)

この競馬場は一攫千金を狙う老若男女が集うような場所ではなく、馬好き市民の憩いの場、或いは社交場という雰囲気に満ちていた。ここで大金をすって泣いた人はあまりいないのではないかと思えるような競馬場である。多分こんなちんまりした田舎競馬場ではオッズも低いだろうから、ここで一攫千金を狙うこと自体が不可能なのだろう。
本格的な賭け師や上流階級の競馬愛好家は、フロイデナウではなく同じウィーン市内にあるクリエアウ (Krieau) の競馬場に行くそうである。ま、もうひとつ近くに競馬場があるのだから、儲けにならないフロイデナウのほうは閉鎖してもいいでしょうということか。このフロイデナウ競馬場は来年から全面がゴルフ場になる予定だそうである。確かにそのほうが実入りはずっとよさそうだ。
取り敢えず、フロイデナウがウィーン市民の思い出になってしまう前に私もここで競馬観戦ができて何よりであった。だがこのいかにもウィーンらしいのんびりした競馬場が消えてしまうのは何とも惜しい気がする。

空の観客スタンド フロイデナウレストランの入っている建物



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(C) Hana 2003