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対空高射砲塔の行く末

エスタルハーズィー公園の対空高射砲塔 有名な話だが、ウィーンには第二時世界大戦中(1942〜1944年)に建てられた6基もの対空高射砲塔が未だに現存している。建物の目的が目的ゆえ、これらの塔はことのほか頑丈に、特殊な設備と共に作られた。例えば毒ガス攻撃にも対応できる空気清浄器、発電機、独自の水源、最大で3万人もの人間を収容できるスペースなどが万が一に備えて用意されており、さらに塔の壁は厚さ2.5m〜5mもの鉄筋コンクリートで覆われていた。
戦時中から「こんな建物を戦後何に使ったらいいのか?」といった疑問は抱かれていたようだが、いざ戦争が終わるとウィーン市民はこの対空高射砲塔を目の前に頭をかかえてしまった。まず第一に、建物が頑丈過ぎて壊しようがないのだ。(たった1基の対空高射砲塔を壊すのにかかる費用はなんと1億900万ユーロほど、つまり約150億円と試算されている。)第二に、建物のつくりがつくりゆえ、非常に二次利用がしにくい。11区の元巨大ガスタンク群(Gasometer)などは洒落たマンションに生まれ変わることができたが、対空高射砲塔が相手ではそれもやりにくい。

このウィーンの対空高射砲塔と同様のものはベルリンやハンブルクにも作られたのだが、ドイツのそれはウィーンのように町のど真ん中ではなく、比較的郊外に建てられたのでその多くは戦後爆破してしまうことができたらしい。またハンブルクにあった4基の対空高射砲塔のうち2基は現在でも残っているが、1基は放送局として、1基は写真スタジオとして現在も使用されているようだ。

というわけで、対空高射砲塔の二次利用が全くゼロというわけでもないはずなのだが、なぜかウィーン市内のものにはなかなか使い道が見つからない。一応6基の対空高射砲塔のうち、6区のエスタルハーズィー公園 (Esterházypark) の1基のみが1958年より水族館に生まれ変わってはいるものの、ここでも実際には地上5階分のスペースしか使われておらず、残りの使い道はもう何十年も「計画中」らしい。

ところで数年前にある2人のスイス人が、アウガルテンの対空高射砲塔にザイル一本を頼りによじ登ったことがあった。しかしこの冒険活劇は、2人が一番上に登りきったところで下に下りられなくなってしまい、結局は消防隊に救助されたというしょうもないオチで終わる。だがこの事件にヒントを得たのがオーストリアアルペン協会で、上記の水族館入り対空高射砲塔の外壁に足がかりをいくつもつけて、ロッククライミングの練習ができるようにした。
しかし6基もある対空高射砲塔の使い道が水族館と壁を一面使っただけのロッククライミングのみでは何とも勿体無い話である。

そこで、国からこの対空高射砲塔の大部分を譲り受けた(押しつけられた?)ウィーン市は、上記のガスタンク改造成功に気をよくしたこともあって、色々と建物の二次利用計画を模索中ではあるらしい。そしてこれまでホテル、レストラン、カフェ、若者向けのクラブやディスコ(どんなに大音響でも、近所迷惑にならないだろうから)、博物館、(なぜか)スイミングプール、ヘリポート、高層ビルの土台……など数え切れないほどの提案がされたようだが、どれも市から却下されたりスポンサーを見つけられなかったりと、なにひとつとして実現に至ったものはない。
そしてまたウィーン市が「過去の戒めとして、建物の歴史的意味を残さねばならない」と対空高射砲塔の外見に固執し、建物の外見を大きく損なう改築工事を禁じているため、それに合った二次利用計画というのが中々出てこないのが現状のようだ。今年に入ってからは、アウガルテンの対空高射砲塔を電子データバンクにしようという計画がかなり進んでいたようだが、それがどうなったのか最近報道されていないので、近況は不明。しかしこの計画も大々的な改造や増築を前提としているため、実現の見込みは薄いような気がするのだが、果たしてどうなるのか。

私個人としては、対空高射砲塔は6基もあるのだからそのうち5基までは元の姿がわからなくなるくらいにまで改造してもいいのではないかと思っている。折角あと500年くらいは優に使えそうな頑丈な建物があるのだから、それを鳩と鼠のねぐらにしておくのも惜しいではないか。
しかし実用さや目先の利益より建物の象徴的・歴史的意味を尊重するウィーン市民の頑固さも、それはそれでウィーンらしく、そのこだわりにも納得してしまいそうになる。そしてそのこだわりが強過ぎて、対空高射砲塔がこのまま放置され続けるのもウィーンらしい話だ。

最後に、対空高射砲塔のある場所を下に記しておく。
2区アウガルテンに2基、3区アーレンベルク公園 (Arenbergpark) に2基、6区エスタルハーズィー公園 (Esterházypark) と7区シュティフト兵舎 (Stiftkaserne) に各1基ずつ。

参考:
Aufregung um Flakturm-Zubau / 2003.11.14./ Presse
Wiener Flacktürme sollen Mahnmal-Charakter behalten / 2002.10.11./Presse
Sinnvolle Nutzung für Flacktürme: Konzept liegt bis Mitte 2002 vor / 2002.01.26./ Presse
Wer will mich? Sechs graue Monster suchen ein Herrl / 1999.3.29./ Presse
Flaktürme, H. Sakkers, 1998.
“Flaktürme” In: Lexikon der Wiener Kunst und Kultur, N. Nemetschke und G. J. Kugler (Hg.), 1990.

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