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ムンク展感想

版画『マドンナ』 行こう行こうと思いながら行かずにいたエドヴァルト・ムンク展を今日やっと見て来た。再オープンしたばかりのアルベルティーナ美術館に、有名な『叫び』や『ヴァンパイア』、『マドンナ』を始めとして150点以上の作品が展示されているのである。
右は『マドンナ』(1893-1894/リトグラフ)で、よく見ると絵の周囲には精子が泳ぎ、左隅には干からびた胎児のようなものが虚ろな目をしてこちらを向いている。

ムンクという人は同じモチーフの絵を幾つも違うパターンや手法で描くことを好んだようだ。そんな大同小異(時には小同大異)の絵が展覧会ではいくつも並べられており、それを比較して見て回ることもできた。ただ私のような素人にはそういった違いが特に面白いというわけでもないので、5枚も6枚も同じような絵を見ていたら多少疲れた。

ムンクの絵には多くの場合、死や狂気が独特の形で表現されている。それには死と隣り合わせであった生い立ち、成人してからのアルコールへの耽溺や広場恐怖症などが大いに関わっていたらしい。興味深いのは、ムンクが常に支配的な女性を恋人に選んだこと。ただ、支配され続けるのに堪えられないムンクは遅かれ早かれ恋人と距離を置き始め、それによって恋人関係は常に破局に終わったそうだ。ムンクにとって女性とは畏敬の対象であり、母として自分を守ってくれる存在であるのと同時に(だからこそ支配的な女性を好んだのだろうが)、自分を縛りつけ、創造力を吸い取ろうとする恐怖の根源であったのだろう。(これは心理学で言うところのグレートマザーというものか?)
『ヴァンバイア』 男の首に顔をうずめる赤毛の女を描いた『ヴァンパイア』(左の絵は1895年作のリトグラフ)や右の『マドンナ』といった一連の絵を見ていると、ムンクの矛盾した女性観を垣間見ているような気にもさせられた。女の私には想像がつかないほど、ムンクは女性全体に対して恐怖と関心と憎しみと愛情を抱いていたのではないか。
今日見て来たような絵を一生描き続けたムンクという人は、よほどの狂気と苦しみに満ちた人生を送ったのではないかとも思わされた。ただ彼はそれを絵として表現することができたので、狂わずに済んだのではないかな。それが度を越すと、多分カール=フレドリック・ヒル(※)のようなことになってしまう。

特に感動したわけではないが、色々考えさせられて有意義な午後であった。




※ カール=フレドリック・ヒル(Carl Fredrik Hill;1848‐1911)はスウェーデンの画家。権威的な父親に逆らいながら芸術の道に進み、パリに渡る。しかしそこで統合失調症を発症し、故国に連れ戻されてしまう。その後亡くなるまでの28年間、家族に看護されながら彼は数千枚ものデッサンを描き続けた。

この人は一般的に無名の画家だが、死後フランスのアバンギャルド画家などに少なからぬ影響を与えたようだ。私は今年の4月にこの人の展覧会に行って来た(といっても入場無料の小さな展示室で80枚ほどの絵を見て回っただけのことだが)。
そこでは心を患っていたというのがありありと見てとれるような不安定な絵が多かった反面、普通の人間には不可能な形でヒルが狂気や性、死、自然が描いている印象も受けた。(ユングの言う)集合無意識をどうにか具象化した感じである。こちらの世界に近い芸術家はそういう形のないドロドロをもっとわかりやすく、まとめて描くことが出来るのだが、ヒルはあちらに近づき過ぎてそれを昇華しないまま、出来ないまま紙の上に吐き出したとでも言おうか……。惹きつけられる絵ではあったが、非常に荒削りでもあった。中には幼稚園児の落書きと変わらないような絵も見受けられたが、そういう絵にも説明しきれない迫力と奇妙な秩序を感じた。(しかしそれは私の中で「ヒルは心を患った芸術家」という刷り込みがなされていたからかもしれない。何も知らされないままその絵を見たら「なんじゃこりゃ」で終わりだったかも。)

参考:
下のサイトではヒルの生涯について書いてあり(英語)、彼の絵も2枚見られる。 絵はよく見えないけれど。
http://www.abcd-artbrut.org/article.php3?id_article=213



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