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B. フェレロ=ヴァルトナー (Benita Ferrero-Waldner)

これが誰なのか、知っている人はかなりのオーストリア通かもしれない。フェレロ=ヴァルトナーはオーストリアで初めて外務省のトップにまで登りつめた女性で、2000年2月から現在まで外務大臣(国民党)として活躍している。
1948年にザルツブルクに生まれたフェレロ=ヴァルトナーは1972年から1977年の間に法学を学び、博士号を取得する。大学卒業後はバイエルンの輸出商社に就職し、1984年からは外交官としてのキャリアを開始する。1993年に彼女はウィーンに呼び戻され、外務次官として働くが翌年には国連に栄転し、2000年までニューヨークで働いていたのである。

フェレロ=ヴァルトナーが外務大臣として就任したのは、国民党と自由党の連立政権が発足した時期で、その少し後にはEU14ヵ国のオーストリアに対する制裁(ある意味嫌がらせ)が始まった。特に制裁が科せられた直後のEU各国の態度は刺々しいものだったらしく、オーストリア閣僚の多くがEU関係の会議や会合に参加するのを嫌がったり、なるべく参加しないですむように知恵をしぼったらしい。
そんな雰囲気をものともしなかった鋼鉄の神経の持ち主が、このフェレロ=ヴァルトナーと大蔵大臣のグラッサーであったとか。特にフェレロ=ヴァルトナーの活躍はめざましく、にこやかに華やかな笑顔を振りまきながらオーストリアの連立政権を弁護して回り、遂にはこの制裁を骨抜きにしてしまった。(この制裁自体に内政干渉的要素があり、またオーストリアの保守右翼連立政権に直接は何の影響も与え得なかったことも、制裁が尻すぼみに終わってしまった原因であるが、それでもフェレロ=ヴァルトナーが倦むことなくあちこちで制裁の不当性を訴えて回ったことは国の内外で高く評価された。)

また先月(2003年7月)には、やはり国民党−自由党連立政権以来途絶えていたイスラエルとの国交が復活する運びとなり、これもフェレロ=ヴァルトナーの外交手腕に帰するところが大きいようだ。(が、その影で両国の国交正常化に関してオーストリアからイスラエルに金が流れたなどという噂も取り沙汰されており、何だか怪しい部分もあったりする。)
この時にフェレロ=ヴァルトナーがイスラエルで行った演説が中々よかった。彼女は、EU14ヵ国による不当な制裁も終わりを告げ、今度はイスラエルとオーストリアの国交が正常化することとなり、こんなに喜ばしいことはないというような内容のことを喋った。つまり暗にイスラエルのオーストリアに対する過去の外交姿勢をも批判しているのだ。
こういった細やかなチクチク批判や嫌味がフェレロ=ヴァルトナーは中々得意らしい。にこやかに、しかし言いたいことは状況に合わせてズバリと、あるいは真綿に針をくるむようにして言う技術は長年の外交キャリアの賜物なのかもしれない。同じ元外交官でも、老いぼれたためか、外交感覚を失ってしまった様子のクレスティール大統領とは雲泥の差である。

このクレスティール大統領、来年の2004年には2期12年の大統領任期が切れるために、大統領選挙(直接選挙)が催される。自由党からは国会第二議長のフィッシャーが出馬するとほぼ確定しているのだが、国民党には候補者の候補者が多過ぎてまだ決まらない。が、その本命として今年の初めから何度も巷間でその名前が取り沙汰されているのが、このフェレロ=ヴァルトナー女史なのだ。
どうもオーストリア国民というのはバランス感覚に優れているらしく、二大政党のうち自由党が政権の座に就いている時には国民党からの大統領候補者を選び、その反対に国民党の勢力が強い場合には自由党系の候補者が大統領に選ばれる。そのため現政権にある国民党はなるべく魅力的な候補者を出馬させなくてはならない。それには学歴が高く、華があり、複数の言語(ドイツ語、英語、フランス語と多分スペイン語も)を巧みに操り、優れた外交手腕の持ち主であるフェレロ=ヴァルトナーはうってつけなのだ。女性票の多くもフェレロ=ヴァルトナーに流れるだろう。
さらにフェレロ=ヴァルトナーは容姿にも恵まれている。それに加えて口紅と服とアクセサリーの組み合わせなど、非常に洗練されたおしゃれが巧みで、同年代の(中身はあっても)地味でぼやけた外見の女性政治家とは一線を画しているのだ。スーパーウーマン過ぎて家庭的な要素はほぼゼロに近いフェレロ=ヴァルトナーだが、逆にそんな女性でないと現代でも外務大臣の座を経て大統領選挙に出馬などという快挙は成し遂げられないだろう。
彼女の強力なライバルはニーダーエステライッヒ州の皇帝とまで言われている、州知事プロル (Pröl) である。下馬評では、実質的な権力を持たない大統領にプロルは何の関心も抱いていないということだったが、先日あるインタビューで彼は大統領選挙出馬への意欲を具体的に語った。これを本物の興味と見る向きと、州知事として国民党内部においてさらなる権力拡大を企むプロルのはったりと見る向きがあり、彼の本当の意向はまだ明らかでない。が、フェレロ=ヴァルトナーとしては胸中穏やかでないだろう。

国民党からの大統領候補者は年末か年明けまで明らかにされないということだが、果たしてどのような結果になるのやら。私としてはオーストリア初の女性大統領誕生の瞬間を是非とも見てみたいと思っているのだが。

=追記=
先日ある女性記者が書いた『女性はフェレロを選ぶべきか?』というフェレロ=ヴァルトナーに批判的な社説を読んだ。その論旨は次のようなものである。

  • 彼女が女性の社会地位向上のために積極的に動いている気配がほとんど見られない。
  • また彼女は確かにスーパーキャリアの持ち主だが、男性社会に迎合し過ぎているきらいがある。(例:「女性に対する差別?そんなものはありませんよ。誰でも努力さえしたら、上にあがれるんです」という態度。)
  • さらに自分を引き立ててくれた上司のシュッセル首相には従順過ぎるほど従順で、彼女が大統領となった暁にもその関係は変わるまい。(そういう意味で、国の代表或いは象徴として、自主的な判断力や外交姿勢が問われる大統領の座にフェレロ=ヴァルトナーは相応しい人物であるとは言えないのではないか。)それよりは女性大統領候補として、気骨のある文部大臣のエリザベート・ゲーラ−のほうが適任である。(ゲーラーは元小学校の教師で3人の子供を生み育てた後政治の世界で頭角を現していった。いわば叩き上げ政治家。)

それはまぁ確かにそうかもしれない。しかし女性が大統領になるには、フェレロ=ヴァルトナーくらい派手で要領がよくないと今のところは難しいと思うのだ。今緑の党の副党首エファ・グラヴィッシュニックの大統領選挙への立候補も取り沙汰されているが、彼女は若干34歳。しかも後ろ盾が緑の党では、選挙に勝てる可能性は相当低い(というかほとんどゼロだろう)。上記のゲーラーも有能な政治家だが、地味で好感度もフェレロ=ヴァルトナーよりはずっと低い。(これは彼女が最近の大学や学校の制度改革に辣腕を振るった結果でもあるのだが。)
取り敢えず今のところは、女性はフェレロ=ヴァルトナーか自由党の前党首リス=パッサーくらい男性社会に適応していないとトップのトップまで上り詰めることができないのである。だからと言って、彼女たちを「女性の立場を代弁していない」とあっさり切り捨ててしまうのもどうかと思う。子供も作らずガムシャラに働いてトップに上り詰めれば、今度は(優等生的で)同性の社会問題に疎いと非難され、いざ自己主張を始めようとすれば今度は党の反対にあって首を切られてしまう(リス=パッサーの場合)。
そういう難しい状況の中で、フェレロ=ヴァルトナーに全てを求めようというのも欲張り過ぎではないのか。取り合えず女性の先駆者として、私は彼女に一番上まで上り詰めて欲しいと思うのだが。

参考:
Müssen Frauen Ferrero wälen? / Eva Weissenberger / 2003.10.03 / Presse

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