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クロースターノイブルク (Klosterneuburg)

クロースターノイブルク修道院 クロースターノイブルクとはウィーン北部にある小さな町の名前である。町の歴史は古く、ウィーンと同様にローマ時代まで遡る。12世紀に入るとバーベンベルク家のレオポルド三世によって居城都市と定められ、1114年に有名なクロースターノイブルクの修道院の建設が開始される。
だがこの町は1683年にオーストリアがトルコに侵攻された際、大きく破壊されてしまう。そのためカール六世は1730年に町と修道院を復興させ、さらに宮殿をも建設する計画を立てる。この計画に基づき修道院と宮殿合わせて全部で8つのドームと4つの中庭が建設される予定であったが、カール六世が亡くなった1740年にはまだ完成にはほど遠い状態であった。だがカール六世の後を継いだマリア・テレジアは修道院改修計画に興味を示さず改修工事は頓挫してしまった。その後1836年から1842年にかけてこの修道院と宮殿の改修工事はようやく完成する。

この修道院創設には有名ないきさつがある。まずはそれを見てみよう。
バーベンベルク家のレオポルド三世とその夫人アグネスは中世ウィーンの発展に大きく貢献し、いくつもの城や教会、修道院などを建設した。中でもクロースターノイブルクの修道院はその建設に至った不思議ないきさつにより特に有名である。その逸話はオーストリアでは『ベール伝説(Schleierlegende)』として広く知れ渡っている。
12世紀初頭のことである。レオポルド三世とその夫人アグネスはある日カーレンベルク(Kahlenberg; ウィーン北西に位置する山、現在のレオポルズベルグ[Leopordsberg])に出かけた。すると突風がいきなりアグネスの被っていた真っ白なベールをさらい、どこかへ吹き飛ばしてしまったのである。そのベールはアグネスの婚礼ベールであったので、彼女は嘆き悲しみ、レオポルド三世はベールが見つかったのなら、その場所に修道院を建設するという誓いを立てたが、ベールはついにどこをどう探しても二度と見つからなかった。 
8年後レオポルド三世は狩の途中で夫人アグネスの婚礼ベールをウィーンの森のニワトコ の茂みの中に発見する。不思議なことにそのベールには少しの損傷もなく、8年前と同じく美しいままであった。
そこでレオポルド三世は自分の立てた誓いを思い出し、実際その場所に新しい修道院を建設したのであった。クロースターノイブルク修道院の博物館では今日でもベールがかかっていたというニワトコの枝が展示されている。

この逸話はレオポルド三世と夫人アグネスが教会や修道院の建立に大いに力を入れていたことから生まれたのであろうが、実際に語られ始めたのはバーベンベルク家が消滅してからずっと後のことである。従って事実と伝説との間にかなりの相違が見られる。例えばアグネスは真っ白な婚礼ベールが象徴するような無垢な処女などではなく、実際は後のマリア・テレジアも驚くほどの多産な女性であったらしい。最初の結婚で彼女は11人の子供を儲け、二度目のレオポルド三世との結婚ではなんと18人もの子供を産んだと言う。だが彼女がレオポルド三世と結婚したのは34歳の時であり、その後毎年子供を産んだと計算しても最後の子を産んだアグネスの年は52歳となる。栄養状態も現在と比較にならないほど悪く、寿命も短かった中世にそのようなことが可能であるとは想像しにくい。彼女が多産であったことは確かなようだが、最初の結婚で産まれた子供も18人の中に数えられているという説もあり、実際何人の子供を産んだのかははっきりしていないようである。
だがいずれにせよ教会の有力なパトロンであり、多産な女性というところから彼女のイメージは聖母マリア的なものへと昇華され、真っ白なベールが象徴するような聖なる女性へと変わっていったのであろう。また注釈で述べたように、古くから魔力のある木として敬われてきたニワトコの茂みで無垢を象徴する真っ白なベールが発見されたことも特別な力がこの出来事に関与していることを暗示している。

またレオポルド三世は1485年に列聖されたが、その列聖のきっかけとなった出来事にも有名な逸話がある。1339年ハプスブルク家のアルブレヒト二世はレオポルド三世の墓に詣でる。アルブレヒト二世は体が不自由で長い間子供に恵まれなかったため、子沢山であったレオポルド三世の恩恵にあやかるよう祈りに行ったのである。すると間もなくアルブレヒト二世は本当に息子(アルブレヒト四世)を授かり、1355年その感謝を込めてレオポルド三世を列聖する運動を始める。実際にレオポルド三世が列聖されるまでにはさらに100年ほどかかったが、1485年ついに列聖され、その後1663年からレオポルド三世はウィーンとニーダーエステライッヒ州の守護聖人としても敬われている。レオポルド三世の命日である11月15日は毎年クロースターノイブルクで樽転がしが行われる。

場所:U4の地下鉄の終点ハイリゲンシュタット駅(Heiligenstadt)から40番の鉄道(S-BahnあるいはSchnellbahnと表示してある)に乗ってクロースターノイブルク・キーリンク駅 (Klosterneuburg-Kierling) で下車。あるいはやはりハイリゲンシュタット駅から239のバスに乗っても行ける。クロースターノイブルクはウィーン市内ではないので、どちらの場合にも乗車券を別に買わなくてはいけない。
駅が近づいて来ると電車からは左手のほうに山の中に建つ美しいクロースターノイブルクが見える。駅からは徒歩10分ほど。見上げるとクロースターノイブルクが見えるので、適当な方向に歩いて行けば迷うことはない。 詳しくはこちらを参照。


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