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ヨーゼフ広場 (Josefsplatz)

ヨーゼフ広場は皇帝ヨーゼフ二世(1765-1790)に因んでつけられた名前で、広場の真中にはこの皇帝の騎馬像が置かれている。これはカピトリヌス丘(ローマの七つの丘のひとつ)に立つローマ皇帝マーク・アウレル像に倣って製作されたものである。そのためローマ時代にはまだ知られていなかった鐙(あぶみ)もこの像には欠けている。像の台座には浮き彫りがほどこされ、ヨーゼフ二世によって図られた商業と農業の振興ぶりが描かれている。
台座正面の銘文にはヨーゼフ二世を称えて『公共の福祉に尽力したヨーゼフ二世は長くはない人生を有意義に送った』と書いてあり、裏面の銘文はこの騎馬像制作をヨーゼフ二世の甥であったフランツ二世(一世)が命じたことについて言及している。

ヨーゼフ二世騎馬像

騎馬像台座レリーフ(農業の振興) この広場の向かい側、アウグスティーナー通りの5番地と6番地には18世紀から19世紀にかけて建てられたパラヴィッチーニ・フリース宮 (Palais-Pallavicini-Fries) とパルフィ宮 (Plais Palffy) とが並んでいる。

パラヴィッチーニ・フリース宮は1783年から1784年にかけて銀行家ヨハン・フォン・フリースのために建てられた。だが当初はこの建物が道路を隔てて王宮の反対側に立っているのにもかかわらずあまりにも地味だということで批判を受けた。そこで建築家ホーエンベルクは玄関部分にカリアティードを、そして屋根には紋章を胸に抱いた双頭の鷲を挟むようにして二体の像を立てることを余儀なくされる。この像は商業と自由を象徴したものだと言う。
パラヴィッチーニ・フリース宮屋根の彫像 建物を正面から観察してみると、各階の窓の大きさが一様ではない。これも当時のウィーンでは珍しいものであった。また普通の部屋割りとは逆に、施主フリースの住居が中二階に、社交場がその上階に作られたことも斬新であった。この建物はヨハン・フォン・フリースの息子モリッツの代に手放され、19世紀の半ば頃からは辺境伯パラヴィッチーニ家の所有となっている。映画『第三の男』でこの建物はオーソン・ウェルズの住居として撮影された。
またその隣のパルフィ宮は、それ以前の建物が焼失した後1809年から13年にかけて建てられた。それ以前の建物では1762年に当時6歳のモーツアルトの演奏会がここで開かれ、さらにはオペラフィガロの結婚のお披露目もここで行われたという。現在このパルフィ宮は催事場として使用されている。


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