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王宮広場教会(Kirche am Hof)

元々ここはバーベンベルク家の居城があったのだが、新王宮完成の後造幣工場がクレムスから移転し、一時は造幣工場でもあった。その後この建物はハプスブルク家のアルブレヒト三世によってカルメル修道会に下げ渡され、1386年から1403年の間に教会が建設された。
王宮広場教会 しかし16世紀に宗教改革の嵐が吹き荒れると、カルメル修道士たちは教会を去ってしまう。そのためフェルディナント一世は1554年この建物を3年前にウィーンに呼び寄せていたイエズス会の修道士たちに与える。だが教会は1607年に火事で焼失してしまい、後にバロック様式の新しい教会が建てられた。
この教会の外観においてまず目につくのが、特徴的な建物前面のつくりである。建物の両翼部分はそのまま、真中の玄関ホール部分だけが後退し、後退することによってできた正面のスペースにはテラスが作られているのである。このテラスは今までに二度だけ使用されたことがある。一度目は1782年に教皇ピウス六世がここからイースターの祝福をウィーン市民に与え、二度目は皇帝フランツ二世が1807年神聖ローマ帝国の解体を宣言した。
教会内部の大祭壇の絵はウィーンで最も大きい祭壇画として知られているが、ここには18世紀末に描かれた『聖母マリアと9人の天使の合唱』の絵がかけられている。この絵が教会の別名『9人の天使の歌声に (Zu den neun Choeren der Engel) 』の由来である。また、昔の大祭壇画であった『マリア昇天』の絵は現在内陣右側の壁にかかっている。内陣の手前左右には聖母マリアの絵とキリストの磔刑像がある。また教会右側には手前から順に聖イグナチウス・ロヨラ、ピウス十世、イエスの御心像と寡婦の守り神聖母マリアの絵がかかっている。左側には手前から、聖ヨハン・ネポムク、聖ボナフィティウス、聖フランツの絵などが飾ってある。
この教会の外観はバランスのとれた美しさを保っているが、内部はあまり手入れがされていないらしく、古臭い様相を呈している。また採光状態もよくないため、個々の絵画や石像の詳細まで観察するのは難しい。
この教会は現在クロアチア・カトリックの伝道教会となっている。

場所:一区アム・ホフ広場 (Am Hof) の13番地にある。


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