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ロースハウス (Loos-Haus)

ロースハウス ロースハウスはヴァーグナーとほぼ同時期に活躍した著名な建築家アドルフ・ロース (Adolf Loos) によって1910年から1912年頃にかけて建てられた。王宮裏手のミヒャエル広場に立つこのロースハウスは今日では当然のごとくウィーンの風景に馴染んでいるが、これが建てられた当時は大きなスキャンダルとして人々の耳目を騒がせたものであった。
ロースは現代的な建築物を頑ななまでにに目指し、装飾物を一切排した建物を建てた。そのため美しく、華麗な王宮の建物群と貧相なロースハウスはどう見ても釣り合わないという理由からロースハウス大々的に批判され、官庁までが建物の外観を変えるようロースに圧力をかけ続けた。ロースハウスの窓の上には庇(ひさし)すらないことから『眉のない建物』などと陰口を叩かれ、結局ロースは居住空間の窓の真下にプランター(横長の植木鉢)を取りつけることで譲歩し、この問題に決着がついた。(この経緯はやはり王宮の一部であるヨーゼフ広場のパルフィ宮の外観をめぐる悶着と非常に類似している。 詳細は王宮のページの『宮廷図書館とヨーゼフ広場』の項を参照。)
ロース自身は奇を衒った建物を設計したつもりは毛頭なく、王宮とウィーンの町並みに合った簡素で美しい建物を建てたつもりであった。実際ミヒャエル広場に行ってロースハウスを眺めてみれば、ロースハウスもウィーン一区の伝統的で落ち着いた風景に溶け込んでいて何の違和感も感じられない。ただロースハウスは20世紀初頭に王宮の周辺で「建てるべき」とされていた当時の建築規範から大きくはずれた建物であったために、批判の的となってしまったのである。だが今日このロースハウスは初期の現代建築において道標的役割を果たしたとして大きく評価されている。
そのさらに約80年後、グラーベンに鏡張りのハースハウスが建てられた時も大騒ぎであった。しかし、新しく見慣れない物を文句を言いながらも受け入れてしまうウィーン人は保守的でもやはり文化的には懐が深いように思われるのだが、どうだろうか?

場所:1区ミヒャエル広場 (Michaelerplatz) 3番地。


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