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ノイヤーマルクト (Neuer Markt)

ドイツ語で『新しい市場』を意味するノイヤーマルクトは13世紀頃、中世バーベンベルク家のもとに進められたウィーン拡張工事の際、市場の為の広場として作られた。それ以前にはノイヤーマルクトのほぼ真南に位置するホーアーマルクト (Hoher Markt) がウィーン最古の主要市場として機能していたため、古い方の市場と区別をつけるために『新しい』市場と名付けられた。ここでは主に穀物や小麦が取引きされていたため、長い間この市場は『小麦市場 (Mehlmarkt)』とも呼ばれていた。中世ウィーンの遠隔貿易を支えるケルントナー通りのすぐ脇にあるこの市場は、南方からの商人たちの目的地でもあった。15世紀、16世紀にはここで馬上試合なども行われ、マリア・テレジアの時代には貴族たちが橇(そり)滑りを楽しんだという記録も残っている。



ドンナーの泉 (Donner Brunnen)

ドンナーの泉 ケルントナー通りからノイヤーマルクトに足を踏み入れるとまず正面に見える美しいドンナーの泉に目を奪われる。これは1737年から1739年にかけてオーストリアの彫刻家ドンナー (Georg Raphael Donner) によって神の摂理をテーマに制作された。
神の摂理を象徴する半裸の女性像が泉の中央に座り、ヤヌスの双頭が彫られている盾を片手に、もう一方の手には蛇を握っている。これは蛇の体がクネクネとうねるように目まぐるしく変わる運命をウィーン市が自らの手の内に握っていること(あるいは願い)を意味している。さらに泉の周囲には全部で四体の男女像が置かれているが、これらはドナウ川の四本の支流(Ybbs, Enns, March, Traun;日本語表記不明、ごめんなさい)の神としてそれぞれの川の特徴や歴史を示す小道具と共に表現されている。例えば Enns 川の年老いた男性神は櫂を手にしているがこれは川が常に穏やかで航行可能であることの願いがこめてあり、March 川の女神がもたれかかっている岩塊には昔この地域であったマルコマンニ人とローマ軍の戦闘の様子が彫られている。Traun 川の若い男性神は三叉の銛(みつまたのもり)を手にして丁度泉を泳ぐ魚を突き刺そうとしているが(御丁寧にも本当に魚の像まで泉の中に置かれている)、これは恐らく漁業の繁栄を願ってのことであろう。またYbbs 川の女神はの鉢を脇に持っているが、これは何を象徴しているのであろうか?
この泉はドンナーの代表傑作で、現在ウィーンで一番美しい泉の一つに数えられているが、かの貞節な女傑マリア・テレジアの目に裸の彫像群は猥褻極まりない作品と写ったらしい。そこで彼女は泉を撤去させて溶かしてしまうよう命じたが、1801年までドンナーの泉はフィッシャーという彫刻家の手によって隠されていた。現在ノイヤーマルクトにあるドンナーの泉はオリジナルの複製で1873年から現在の位置に置かれており、オリジナル作品は下ベルベデール宮殿内部のバロック美術館で見ることができる。



ノイヤーマルクトの建物

それではまず広場の一番北側17番の幅広い建物から見て行こう。この建物はヘルンフンターハウス (Herrnhunterhaus) と呼ばれ、1797年からこの場所で営業を続けている布屋ヘルンフンターのために1900年頃建設された。この建物の正面上部に立つ二体の像はヘルメス(商業、富、幸運の神)とヒュギエイア(健康の女神)で、さらにザイラー小路と接する建物の角には盾を持った像がヘルンフンターの象徴として立っている。
ノイヤーマルクト10-11番地 このヘルンフンターと上記のドンナーの泉に纏わる伝説がある。昔この近所の家の屋根裏部屋に上記の泉を制作したドンナーが住んでいた。(察するにドンナーは当時まだ貧乏な駆け出し彫刻家であったのだろう。)彼はヘルンフンター家の美しい娘に恋し、(多分その恋は実らず)後に泉の中心をなす女性像を彼女に似せて作ったのだそうである。
ヘルンフンターハウスの右手、2番地に1894年まで立っていた建物には1795年から1797年までかの大音楽家ハイドンが住んでおり、皇帝賛歌をはじめとして何曲かのミサ曲をここで作曲したそうである。その隣、3番地にはヨーロッパホテルが立ってる。ここには戦前、牛料理で有名なマイスル & シャードンホテル (Meissl & Schadn) があったそうだ。さらにこのホテルは1916年にオーストリア首相シュトゥルク (Stuergkh) が暗殺されるという国家的大事件の舞台ともなった。ヨーロッパホテルとドンナーの泉を通り過ぎて南に歩いて行くと5番地に立つのが1897年から1898年にかけて建てられたアンバサドールホテル (Ambassador) である。
アンバサドールホテルの向かい側に渡り、カプツィーナー教会を通り過ぎると10-11番地にルネッサンス装飾の美しい建物が見える。これは総菜屋ヴィルトのために1896年に建てられた。そこからプランケン小路 (Plankengasse) を渡って先に進むと13番地、14番地、15番地とどれも17世紀から18世紀に建てられたノイヤーマルクトで最も古い建物が立ってる。14番地の建物の正面部分は宮廷建築家であったエルラッハの設計に基づいて作られたとも言われ、真ん中に見える石造りのバルコニーが美しい。15番地のロココ様式の建物はバイオリンの巨匠ヨーゼフ・マイゼーダー (Josef Mayseder;1789-1863;巨匠と本に書いてあるからには有名なバイオリン奏者なのだろうが、私は知らない) の持ち家であった。彼の娘は後に金細工師と結婚し、この15番地に宝石店を出店したという。(この店は今日でもそこにあるらしい。)


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