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郵便貯金局 (Oesterreichisches Postsparkassenamt)

郵便貯金局 シュテューベンリンクに立つこの簡素なアールヌーヴォー様式の建物はオーストリアの著名な分離派建築家オットー・ヴァーグナーの作である。郵便貯金局はまたアム・シュタインホフ教会に並ぶヴァーグナーの代表的な建築物の一つである。

オーストリア郵便貯金局は1883年にコッホ (Georg Coch) によって創立され、ドミニカ修道院の建物内でその活動を開始した。この郵便貯金制度は瞬く間に軌道に乗り、近所の建物へ次々と間借りすることにより規模が広げられていった。この迅速な規模の拡大に加え、2000人もの人々が暗く、換気の悪い建物において働き続けることの弊害が当時の新聞によって指摘されたことをきっかけに、新しい郵便貯金局専用の建物を望む声が高まってくる。 郵便貯金局上部のアルミ天使像
1901年にリンクを囲む壁の一部であったシュテューベン保塁が取り壊されることになっていたため、その台形の跡地に郵便貯金局の建物を建てることが決まった。新郵便貯金局のデザインは1903年に公募され、見事その第一位となったのがヴァーグナーの設計図であったが、元々ヴァーグナーの設計を採用したい意向が新郵便貯金局建築部に強かったらしい。と言うのも、ヴァーグナーは当時国際的にも著名な現代芸術建築家であり、さらに比較的低い予算額で芸術性が高く実用的な建物を建設することに長けていたからであった。(ヴァーグナーは自著『近代建築』で自ら述べているように、非実用的な要素を排し、なるべく安価で耐性の強い建築資材を用いて郵便貯金局を建設した。それでいてこの建物の芸術的な美しさは見間違えようがない。)
新しい郵便貯金局での営業をできるだけ早く可能にするため、建物は前後に二分されて建設された。彼は基礎工事の際の支障や3ヶ月間の労働者のストライキなどと戦いながらも1904年から1906年という短期間内(正味16ヶ月)で予定通り全建物の半分を建て終えてしまう。これは内部に大ホールを内包する本館で、台形の前半分を占める部分であった。さらに1910年から1912年に至る第二段階で後方に広がる半分が建設されて貯金局は完成した。だが第一段階と第二段階で4年もの時期があいてしまったため、ヴァーグナー自身の情熱がかなり枯れてしまったらしく、後部分の建物はかなり簡略化されて建てられたようである。

郵便貯金局ホール それでは外装から見ていこう。貯金局の外壁は大理石の板で隙間なく覆われ、細かいアルミの鋲が装飾を兼ねて大理石の板をその下の鉄筋コンクリートに留めている。さらに屋根にはシムコヴィッツ (Schimkowitz) の手による二体の巨大なアルミニウムの天使像が立ち、下界を見下ろしている。(この天使像、素材独特の雰囲気が生き、存在感はあるが強い自己主張もせず、建物にとてもよく合った現代的な天使像である。)
正面玄関に足を踏み入れ、左壁上部に飾られたフランツ・ヨーゼフ一世の胸像を見ながら階段を上がると、郵便窓口ホールを見ることができる。このホールは郵便貯金局の心臓部とも言うべき部分で、建築家ヴァーグナーの基本理念である実用性と芸術性、古典と現代が混在し、それでいて一体感のある不思議な空間が作り出されている。ヴァーグナーは郵便貯金局の内部装飾も担当し、個々の電灯や机、椅子等の細部に至るまで自ら設計した。そのため、上述したホール以外にも螺旋階段や会議室といった小さな空間に至るまで雰囲気が統一され、独特の実用的な美しさが保たれている。
廊下 ヴァーグナーの実用的で芸術的な室内装飾の一例をここに挙げよう。正面玄関からホールへと入ると壁に沿って左右に何本か2m程の長さの銀色の棒らしきものが立っている(上の貯金局ホールの写真を参照)。パッと見ても何だかわからないのだが、これはアルミニウムでできた通風孔で、屋根の雪を溶かすという暖房機能も兼ね備えている。現在でもこれらの通風孔はエアコンの排気口として活用されている。
このように細部にまで渡って細かく設計され、建設された郵便貯金局であったが、1970年に改修工事が行われホールを始めとする多くの空間が改悪され元の美しいバランスが失われてしまった。これに対しては反対運動も起こったのだが、結局工事の中止には至らなかったようである。

この郵便貯金局の真正面に簡素な大理石作りの記念碑が立っているが、これは郵便貯金局の生みの親、ゲオルグ・コッホ (Georg Coch) を偲ぶよすがに1903年ここに立てられた。

場所:一区ゲオルグ・コッホ広場2番地 (Georg-Coch-Platz)。


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